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WFF第4回学習会「男の子・女の子はつくられる」

学習会レポートと参加者の声


 第4回学習会は11月9日、立冬もすぎた肌寒い日でしたが、31名の参加がありました。
 講師は、福島大学行政社会学部の佐藤達哉先生で、ご専門は社会心理学です。
 講義に先立って、辻代表代行から、過去3回の学習会についての説明と今後の学習会のもちかたについての再確認がありました。
 

[講義の概要]

(1)男女差について
 まず、「心理学的に、実証的(手続きが公共的で誰にでもできる)に、つまり事実を事実として見ていくならば、男女差はないという結論が出てくる」ということが強調された。
 しかし、「現実に差がある」ということは、この実証的な結果よりも、自分(社会)にとって都合のよい見方をした結果生じたものであるということにほかならない。
 性とは何か? 性差とは何か?
 日本語の性には、
  Sex=生物学的な性
  Gender=「心理・社会的な性」
  Sexuality=「性を踏まえた上での人間らしさ」
がある。
 性差とはGenderに関するもので、人が社会に参加していく過程でできていくものである。つまり、あえて比べているから差があるように見えているのであり、さらにこれを必要以上に大きく捉え、心理・社会的に性差を作り上げているということである。
 ミード(文化人類学者)の研究によれば、この性差は文化・地域によって異なり、必ずしも人類共通のものではない。
 さらに、ある能力を測るテストの平均値を比べてみると、性による有意な差があるとされるものでも、実際のデータの分布ではその80%は重なっているのが普通で、その範囲内では性差があるとはいえない。また、プローミンらの報告によれば、性の違いによって説明される個人差は、言語能力については1%、数量的能力は4%、目ざとさ4%、活動性8%、攻撃性12%でしかなかった。
 このことからも、男女の平均値を比較してうんぬんということはまったく無意味であるといえよう。
 

(2)発達とは? 社会化とは?
 以前は、赤ちゃんは無力であり、何もわからないとされてきたが、1970年代に赤ちゃんにも能力がある(乳幼児の有能性)という発見が報告された。
 赤ちゃんは、周囲の人間の真似(モデリング)をして発達していくが、この真似も複雑なプロセスを経て行っている行動であり、この時点では、男女差は問題にならない。たとえある時点では劣っていたとしても、成長過程でものの理解は男女ともに発達していくものである。
 一方、社会化とは、社会の一員として迎え入れられるための躾や言葉づかいなどの行動様式を身につけていくもので、それが性差の形成につながっていくのである。
 なぜならば、社会の一員として認められるということは、性差を前提とした社会の価値観に適合していくということであるからである。生まれたときから、名前、洋服、おもちゃなどによりだんだんと囲いこみがなされ、文化的規範や通念に近づけていくのである。
 また、子どもは3歳半くらいから、自分の性を認識するようになり、それぞれ男としての、女としての目標設定をしてしまう。更に、自分の性と同一の行動をすれば褒められ、違うと叱られるという過程を繰り返すうち、一方向にしか発達しなくなってしまうのである。そして、自分の性に対する社会の規範や期待を総合化して、自分を判断し、行動していくことに慣れ、順応し、アイデンティティが形成されていくのである。
 しかし、成長過程において、身体的な性と社会的な性とが一致しない場合、成熟を拒否したり、SexとGenderの混乱を招き、自らの性を認識することが苦痛になる場合もあるということが指摘された。

 私たちは、時代に与える影響を考えるとき、情報としての性差を減らす方向にもっていかなければならないし、性差の情報に敏感にならなければ行けない。しかし、性差をなくすことは急にできるものでもない。ゆるやかに変えていこうとの呼びかけで、講義はしめくくられた。


 講義のあと、初の試みとして4人ずつのグループに分かれて個別に話し合うという、バズセッションが行われた。短時間ではあったが、少人数ということもあり、それぞれの胸のうちを存分に吐き出している様子が窺えた。
 グループ報告の内容はおおむね次のようなものである。

(丸山八重子)


★参加者の声★

・初めの一歩が大きな一歩
 今年WFFの学習会に何度か参加できたのは、私にとって大きな収穫だった。自分のやりたいことのために時間とお金(共に限られた範囲であっても)が自由に使える。これはとてもぜいたくですてきなこと。自分の中の古い殻をやぶろうともがいている私には、貴重な時間であった。今回の学習会では少人数のグループで話し合う時間があってとてもよかった。参加者同士のやりとり、一人ひとりの意識・思いに触れることも学習と同じくらい大事なことだと思う。
(斎藤光子 会津若松市)
 

・男女平等から男女同権へ
 鳥のひなは、殻を破って生まれてきた瞬間に見た動物を親と思いこみ、その後について行動するという。人間社会でも着せられる衣服や寝具の色で、男の子らしく・女の子らしくと刷り込みがされていく。
 私は、男尊女卑ということばに大きな抵抗を感じてきたので、子どもたちには男や女である前に、先ず人間としてその行動や思考が適切であるかを考えてほしいと話してきた。
 1975年は国際婦人年であった。私たちの意識はこの20年間にどれだけ変化しただろうか。少しは息がしやすくなった感もあるが。今回の学習で、「男女平等ではなく男女同権」と言われたことが印象的であった。そうなのだ。男女平等でなく男女同権。それが今まで私が言いたかったことなのだとうなずけた。
(佐久間由紀子 福島市)
 

・男性社会の環境の中にいて
 学習会に参加して、皆さんが女性問題に一貫した問題意識を持って活動されているのを知り、自分自身の意識の低さを痛切に実感しました。民間に勤務している私のまわりでは、女性差別撤廃という言葉すら日常的には話題になりません。男性社会という環境の中にいますと現在の状況が当然至極で、差別されているということを疑問に思わなくなってしまっていますが、差別に対しての自覚を持たない生活をしている側にも原因はあると思います。この会を通して女性問題を自覚することができたことはすばらしいことでした。
(宍戸時子 福島市)
 

・私たちは何をしていくべきなのか
 初めて学習会に参加しました。内容的には、男の子女の子が作られていく過程について、沢山の資料によって詳しい説明がなされたことが大変勉強になりました。講義の後の意見交換は少人数のグループ分けで行われたので、一人ひとりが考えを出し合うことができました。今まであたりまえとされてきた「らしさ」を見直していくことが大切なことなんだと思いました。このような現状をどのように考え何をしていくべきなのかという問題提起が必要だと感じました。
(長谷川百合子 福島市)
 

・知らずに作られる性差別
 男の子だったらブルーの、女の子だったらピンクのベビー服。私たちは生まれてすぐに洋服の色で性の区別をされたり、したりします。子どもが成長していく過程を思い返すと、このような些細なことからはじまり、やがて女の子はこう、男の子はこうという条件づけをされる要素がたくさんあるのに気づきます。些細なことといっても、それは子どもに性差別の存在を意識させるきっかけのひとつになっていると思います。ただ、私自身も女らしさ男らしさにこだわってしまうこともあり、無意識に性差別を許容しているのかもしれないと考えさせられました。
(引地陽子 福島市)


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This page written by TAKAHASHI, June (Fukushima Univ., june.takahashi@nifty.ne.jp)
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