若林恵子・卒業研究要旨

メディアに描かれる女の子像
〜『non・no』はどんな少女を描きだしているか〜


はじめに

 「女の子らしくしなさい。」女の子なら一度は親からいわれたことのある言葉だと思う。この言葉、言われた本人も「ああ、女の子らしくね……」と、どんな振る舞いが「女の子らしい」かと問わずに受け取ってしまっていただろう。それは、どちらも自分なりの「女の子らしさ」を持っていたからだ。しかし、ここでいう「女の子らしさ」とは、一体どんなことなのであろう。それは、一体どのようにして私たちの頭の中に形作られているものなのであろうか。
 それを考えたとき、私はその原因の一つに、私たちが日常触れている雑誌というものが関係していることがあげられるのではないかと思った。
 親や周りの大人たちからの「女らしく」という言葉で、ある程度の「女の子らしさ」というものは、私たちの頭の中に幼い頃形作られてしまうと思う。しかし、それ以降自分で考えて「女の子らしく」なろうとするときには、何かから情報を得、それを元にし、「女の子らしい」振る舞いをするはずである。その情報源の一つが雑誌なのではないだろうか。
 私たちの周りには、雑誌があふれている。本屋に行けば毎月毎月さまざまな雑誌が店頭に並んでおり、興味のあるものを手に取り眺めることができる。その中でも女性雑誌といわれる雑誌を女性たちは特に手に取り、眺め、流行のファッション、美容の情報をそこから手に入れている。そして、自分では意識せずとも、知らず知らずのうちに雑誌メディアが発しているさまざまなメッセージを受け取っているのだ。そのメッセージの中に雑誌が作り上げている女性像、「女の子らしさ」とはこういうものなんだ、というメッセージが含まれているのではないだろうか。そして、私たちは、そうした女性雑誌を見ているうちに、それぞれの雑誌が発している女性像というものを頭の中に入れているのではないだろうか。毎回毎回、コンセプトに基づいて提示されている女性像を、どこかで自分に置き換えているのかもしれない。そうして個々人の中で「女の子らしさ」が確立されていくのではないだろうか。
 そこで私は、女性雑誌に描かれている女性像、その中でも「女の子らしさ」というものは、一体どんなものであるのかを調べてみることにした。

I 雑誌界の現状

1.女性雑誌発行部数の変動(省略)

2.ジャンル別女性雑誌の内容(省略)

 ※江原ほか編、『女性のデータブック』、有斐閣、などを参照。

II 『non・no』の歴史的変遷

1.なぜ『non・no』なのか

 私が『non・no』を数ある女性雑誌の中から取り上げようと思った理由は、次の二つである。一つは、『non・no』が大部数雑誌である(多くの読者がいる)ということ。もう一つは、自分と近い年代の女性たちが主な読者となっているということである。
 『non・no』という雑誌は、ヤングファッション誌のジャンルに分類される。このジャンルは、女性雑誌全体の中で大部分を占める三大ジャンルのうちの一つとなっている。(残りの二つは、女性週刊誌と生活情報誌。)他のジャンルの雑誌とは比べものにならないくらいの大部数雑誌なのである。
 ヤングファッション雑誌の中で、『non・no』は、突出した最先端を行く奇抜なファッションを提示しているものではなく、あくまで普通の“女の子”というものを描きだしているものなので、『non・no』を検証してみることにした。また、ヤングファッション誌の中でも早くに創刊されていることから、歴史的な変化も取ってみることができると思って選んだ。
 二つ目の理由のほうは、主な読者層が自分と近い年代の女性たちということもあり、理解しやすいのではないかと思ったからであり、現に自分の一読者であることから慣れ親しんでいるということで、この雑誌を選ぶことにした。

2.『non・no』の読者層(省略)

3.『non・no』の歴史的変遷 

 1971年創刊:無意識に(を装って)性的メッセージを発する少女
 1976年:古典的な身体技法の復活
 1980年:80年代を特徴づける少女化
 1985年:極端に押し進められる少女化
 1990年:少女離れ
(※落合恵美子による)

III ここ1年の『non・no』にみる女の子像

1.表紙に見る女の子(省略)

2.「女の子」という言葉(省略)

3.女の子ポーズ(省略)

4.理想の身体の女の子(省略)

 ※以上は「5.まとめ」で総括

5.まとめ 〜「女の子らしさ」の定義〜

 1990年頃の『non・no』は、少女というものから少し路線がはずれてきていた。今回、1998年の『non・no』をずっと見てきて、確かに少女とは路線がはずれていると感じた。少女というよりは、女の子といった方になっている。TシャツにGパンという少年的な姿の女の子たちの中にも、カワイサというものが見えた。ここで、少女と女の子とどう違うかということだが、少女だとレースやリボンがついていたり、ふんわりした服を着ているラヴリーな女の子だけのように思う。そのような女の子はもちろん描かれているが、もっとナチュラルな女の子も描かれていると思うのだ。スカートの場合でも、フワフワしたものではなく、キリッとしたものをはいている女の子や、黒・紺・カーキなどピンク・赤の女の子色以外のものをはいている女の子などだ。そのような女の子は、キリッとしていても、厚手のものを着ていても、女の子らしい(といわれる)服を着ていなくとも、確かに女の子らしい。かといって、それが少年風というわけではない。自然体な女の子なのだ。服装という身にまとうもので表された女の子ではなく、ポーズで女の子らしさを表しているといったほうがいだろう。つまり、一方では女の子らしい服装をしているスイートでプリティな女の子、片方では女の子らしい服装をしていないけれども女の子らしいポーズをしているナチュラルな女の子が描かれていることになる。このように、1998年の『non・no』には、二通りの女の子が描かれていた。
 さて、ではこれらの「女のらしい服装」や「女の子らしいポーズ」とは一体どのようなものであるか。1.〜4.ででてきた「女の子らしい」ものをまとめて見ていく。

〈女の子らしいもの〉
 ・色    ……ピンク、赤
 ・アイテム ……スカート、ワンピース、ストラップ靴
 ・素材   ……薄手、柔らかい、フワフワ、透ける、モヘア、ファー、
         レース、ビーズ、フリル、リボン
 ・柄    ……小花柄
 ・シルエット……細み、コンパクト、ウェストシェイプ
 ・ポーズ
   (手) ……袖に手を入れる、衿(胸)に手をかける、両手を前で組む、
         手を後ろに伸ばしペンギンのような格好をする
   (足) ……内股、片足を内側に曲げる、(座ったとき)膝をくっつけ
         て両足先は広げる

 以上のようなものが「女の子らしいもの」として出てきた。「女の子らしさ」といっても、こうたくさんあると一言では言い表せないものだ。なぜなら、どれか一つだけとっても、「女の子らしい」からである。たとえピンクや赤の服を着ていなくとも、スカートをはいていなくとも、女の子らしいポーズを取っていれば、女の子らしくなってしまうだろう。きっと、私たちが「女の子らしい」といわれて思い描くものは、上のどれかに当てはまるのではないだろうか。なので、「女の子らしさ」の定義としては、上にまとめた「女の子らしいもの」すべてをあげたいと思う。
 「女の子らしさ」というものは、あくまでも「らしさ」だが、定義としてあげたものを見てみると、現代の人々の中にある女の子像というものが見えてくる。私たちは、雑誌を見ていくうちに、そこに描かれている女の子を通して、自分の「女の子」を形作っていると思うが、それは、ここであげた「女の子らしさ」の定義の中のものを取り入れ、形作っているのではないだろうか。
 『non・no』に描かれてきた女の子を見ながら、「女の子らしさ」とは何かを見てきたが、ここで描かれてきた「女の子」は、私の中にあった「女の子らしさ」とほとんど変わらないものだった。それは、小さい頃からいわれてきた「女の子らしさ」というものが、今も変わっていないものだということにもなる。多少の違いはあると思うが、私たちの中にある「女の子らしさ」は、昔から根本的には同じものだろう。それが、雑誌などでまた強調され、より鮮明なものとして私たちの中にすり込まれていくのだ。

おわりに

 女の子らしい「女の子」とは、どのようなものであるかを知るために、『non・no』の中から「女の子」像を探しだしていくということをしてきた。今までは、これが女の子なんだ、というはっきりした形はなく、こういうものが女の子らしいんだよとは言えなかった。しかし、こうしてみてきた中で、今まで何となく頭の中にあった「女の子らしさ」というものを、はっきりとした形で見ることができた。
 女の子像というものは、昔からずっと同じものではなく、変わってきてはいるものだと思う。しかし、底辺にある「らしさ」という大きな部分は、ほとんど変わっていないのではないだろうか。それは、小さい頃から何となく思っていた「女の子らしさ」が、今回出てきた「女の子」と一致するということがあったからだ。もし違っていたら、違和感が必ずあると思うのだが、全くそのようなことは感じなかったので、同じだと思う。
 私たちは、小さい頃からいわれてきた「女の子らしい」というものを、このような雑誌を読むことによって、さらに増幅させているのは間違いない。例えば、ピンクという色も、今は男の人も着ている色ではあるが、雑誌で「ピンクは女の子色」などと書かれていたら、やっぱりピンクは女の子の色なんだと再認識してしまうだろう。こうして、知らず知らずのうちに、私たちは「女の子」らしさを作りあげていくのだ。
 小さい頃から何となく思っていた「女の子らしさ」、それは今でも、これからもずっと、私たちの中に変わらないであり続けるものではないだろうか。


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Contents by WAKABAYASHI, "Gen-chan" Keiko. 1999.2.1