1.はじめに 2.研究テーマの設定の理由――教える側にも男性を (1)男女共修に至るまでの家庭科教育 (2)男女共修をめぐって 3.家庭科教育に携わる男性たち (1)実際に家庭科を教えている男性教員 (2)家庭科教員を目指す男性 4.家庭科に取り組む生徒たちの様子から 5.まとめ
1.はじめに
家庭科教育の男女共修は、1994年からスタートした。この背景には、社会や家庭生活の変化によって、「男女の役割分担の固定化はおかしい」や「女子のみが家庭科を必修しなければならないというのはおかしい」という呼びかけが上がり、男女共修が強く求められるようになったことをきっかけとしている。そして、1985年の女性差別撤廃条約の批准に続き、学校教育の場においての男女差の撤廃を求め、男女が共に同様の教育が受けれるようにと、家庭科の男女共修が1989年の新学習指導要領に盛り込まれ、1994年度からの実施へとつながっていった。
今日、「生活者としての自立」を目指して、男女がともに家庭科教育を学ぶことの必要性が広く認識されるようになり、「家庭科新時代」を目指す指導の指針(文部省 1992)も示されるようになった。しかし、学校生活のなかでの「男女でともに学ぶ家庭科」をめぐる状況の裏には、性差別的なものが存在していないといえるであろうか。
家庭科は歴史的に最もジェンダー・バイアスのかかっていた教科であった。教える側についても、家庭科教員は「女性的」とみなされてきた職業であり、男性教員はあまり存在しない。こうした状況からみると、ジェンダーに基づいて差異化されたカテゴリ−が、家庭科教育の場で存在していると考えられる。 かつて、高等学校家庭科の女子のみ必修を正当化した理由とされたのが「女子の特性」論であった。このような「特性論」は女性と男性の「肉体的差異」を根拠としたジェンダー差別として典型的なものであった。家庭科学習の機会における制度上の男女平等が実現した今、家庭科教育にかかわるものは、これまでよりも一層注意深く、家庭科をめぐる潜在的なセクシズムを指摘していかなければならないであろう。
私は、教育実習で母校を訪れた際に、家庭科の授業を拝見させて頂くことができた。私は、その時に、男の子と女の子が共に家庭科に取り組んでいる姿を見て、とても新鮮に感じた。しかし、学ぶ側は、男女平等に家庭科教育に取り組む機会が与えられたが、彼らを教えているのは、女性教師であったのだ。つまり、学ぶ側は、男女が一緒に授業を受けることが当たり前になったが、教える側は依然としてほとんどが女性であるのだ。
本研究においては、「ジェンダー視点」に基づき、男性教員が家庭科教育に携わることが、生徒たちや学校、家庭、そして社会に対して及ぼす影響を明らかにすることをねらいとしている。
2.研究テーマの設定理由−教える側にも男性を
(1)男女共修に至るまでの家庭科教育
ここでは、男女共修が1994年度からスタートするまでの家庭科教育の歴史について述べた。男女共修の制度は実現したが、いまだに実施は十分な状態とはいえないでいる。それは、中学の共修家庭科の状況は、進学習指導要領の「技術・家庭」をすすめている様子で、それぞれの中学の事情にあわせているということ。また、学習形態も男女共学、男女別学単学級や複数学級と異なっていたり、履修領域も必修の4領域以外は、まったく異なっていて学校の担当教員、教員団体や校長などの考え方で決められているということなどで、依然として「男は技術・女は家庭」の分業体制が残されているという問題が存在しているのである。
(2)男女共修をめぐって
長い間の女子だけの家庭科が終わって、男女共修家庭科の制度が実現したという声が聞かれる。しかし、男性と女性がともに家庭科を教えるという「男女共教」が実現してこそ本当の男女共修家庭科だと思うのである。ここでは、「男女共教」の家庭科像のために活動に励んでいる「家庭科教員をめざす男の会」の動きや、男女共修のはじまりで家庭科教員不足により、認定講習を実施して、男性家庭科教員が増えつつあるということ(愛知県)などについて述べた。
3.家庭科教育に携わる男性たち
(1)実際に家庭科を教えている男性教員
ここでは、福島県の高等学校で家庭科を教えている男性教員1名(1997年にインタビューしたもの)、仙台市で家庭科を教えている男性教員2名にインタビューをしたものをまとめた。インタビューから、以下のようなことがわかった。
まず、家庭科教育に対する軽視や男性が家庭科を教えることに対して戸惑い、そして、家庭科教育が家庭生活を密着していて、地域社会の影響を強く受けている教科であるということがわかった。また、家庭科を5教科以外で受験に関係がないということが言われていることには賛成ができないと思った。なぜなら、家庭科において学習した、地球環境や家族についてなどは、受験の小論文や面接の際に大変役に立つと考えられるからである。
仙台市で家庭科を教えている男性教員は、免外で家庭科を教えているということであったが、やはり、家庭科教育の奥深さや多くの知識を生徒たちに教えるためには、家庭科を専門に学習し免許を持っている教員が望ましいを思う。今後男性で家庭科の免許を持った教員が増え、その多くが教壇に立つことを期待したい。
このように男性家庭科教員に、新しい家庭観や社会観を教わることができた生徒たちは彼らが大人になったときに何が望ましいことかを理解できるようになると思うとともに、彼らの成長がとても楽しみである。
(2)家庭科教員を目指す男性
ここでは、福島大学で家庭科教育を学んでいる男子学生に話を聞いたものをまとめた。
彼らの話を聞いていて、何か他の人と違ったことをしてやろう、家庭科の教員になってやろうというパワ−が伝わってきた。彼らの大学生活のはじまりは、不安と期待でいっぱいであったと思う。はじめは多くの女子学生に囲まれて家庭科を学ぶということへの戸惑いから、本来の自分の存在を主張できず、萎縮してしまっていたようである。やはり、多数の女性の中に、男性が参入していくことは、なかなか難しいようだ。また、彼らは、男性が家庭科を教えることが、生徒たちにとって男も女も家庭科をするということを、認識させる効果があると考えていることがわかった。
やはり、彼らのように、男性が大学で家庭科教育を学んで家庭科教員になることで、今まで女性の職業と考えられがちであった家庭科教員が男女の職業となることで、男女の職業の垣根をなくすことにつながっていくと考えられると思う。はやく多くの男性が家庭科教育に携わり、新しい職業観が生まれてほしいと思う。
4.家庭科に取り組む生徒たちの様子から
ここでは、高等学校における「好奇心と食物への関心を生かして−男子生徒だけの調理実習−」(西内みなみ・中野悦子 1996)の授業研究と、私自身が中学校の授業を見学してきた様子から、生徒たちの家庭科に対する取り組みをまとめた。
まずは、高等学校における授業研究によると、実習を通して生徒たちは、自分たちでおいしい料理ができることの達成感を味わうことができていた。また、調理に中にある、環境に配慮した生活態度や生活技能を身につけることができた。そして、パエリアづくりを通して、異文化体験ができていた。
私が授業を見学して感じたことは、調理実習の計画を立てている際に、ほとんどのグループが女子中心で話が進められていてて、男子は自分が料理をするという自覚がないような態度をとっていると思った。献立作り以外の話題になるととてもにぎやかで、活発でいる男子生徒が、このように家庭科の授業において萎縮してしまっているのは、やはり、ジェンダーに基づいた差異化されたカテゴリ−が存在していると考えられるのではないだろうか。
5.まとめ
1989年告示の学習指導要領において、小学校から高等学校まで、家庭科が男女必修教科として位置づけられた点については、家庭科教育史上からみて画期的なものであったということはわかった。しかし、「男女必修の家庭科」が、男女で共に学ぶためのものになるためには、適切な教育内容へと創り変えていく必要がある。家庭科と言えば、料理裁縫というイメージがまだ残るが、男女共修のもとでは、生きるための知識、技術を身につける教科へ変身した。そのため、この新しい内容をどのように盛り込んでいくか、授業をどのように繰り広げていくかという、教員の力量が重要となってくる。その力量として必要になってくるものの一つとして、ジェンダー差を克服した家庭科教育への考え方があるのではないだろうか。
授業をする際には、教材研究や実践方法を考える必要がある。今まで行われてきたままの教材や実践方法では「男女で学ぶ家庭科」には適切ではないはずである。今回調査をした中で、調理実習を行う班を作る際に男女混合にするか、それとも別々にするかということの違いで、子供たちの活動の様子は全く違っていた。男女が共に一つの班で活動を行う場合、男子は女子に任せっきりになってしまって、活発に作業に参加することができないでいた。このことは、男子が家庭科という教科に対して、「女子の教科」というようなことをいだいていて、他教科で見せる積極性を失ってしまっているとは考えられないだろうか。また、男女別々の班で活動を行う際には、男子は積極的に実習に取り組むことができていた。確かにこの場合は、男子は活発に作業をできていましたが、これではせっかくの「男女共修」の意味が薄れてしまっているし、男女が共に家庭生活を築いていくことなどできないのではないだろうか。本当の意味での「男女共修」に適切な教育内容、実践方法はジェンダー視点を含んで展開できるように教員は授業を創っていく必要があるだろう。
今回の研究のなかで、男性家庭科教員が行う家庭科の授業を拝見することができなかったため、男性が家庭科を教えることの効果の実態をくわしく探ることができなかった。今後機会を見つけ、男性教員の授業を見せていただき、もっと深くこの調査をしていくことが次の課題である。