スポーツメディアとジェンダー
−ゴルフ雑誌に描かれる女性−
はじめに
スポーツ文化が盛大な現在。その発展、大衆化に果たしてきたメディアの役割・影響は非常に大きいが、メディアとその受け手である自分を少し引いた所から見てみると、数々のメディアが映しだす感動的なもの、あるいは迫力のあるスポーツシーンも結局は作る側が多くの大衆に受けるように意図し、操作して伝達してきていることに気づくのである。
また、スポーツは「ジェンダー最後の砦」と揶揄されることがあるが、それはつまり、スポーツは身体能力こそが重要な領域なだけに、競技種目や結果は男女差があって当たり前と思い、男女差を前提に観戦したり参加したりする文化領域という特徴があることに端を発しているのである。だが、ここで考えなければいけないのは、文化は人間が作ったものであるから、文化のひとつであるスポーツの中にも、自ずと人間が操作し作ってきた側面があるのではないかということである。つまり私は、身体的性差だけがスポーツをジェンダーの最後の砦にしているのではなく、他に何か大きな背景・要因があるのではないかと思うのである。そしてそこには、少なからずメディアの影響があると考えられる。
そこで私は、スポーツ種目をひとつ取り上げ、それの関連するスポーツメディアの内容をいくつかの視点から分析的に見ていくことで、ジェンダー構造の具体的な中身を明らかにし、その形成がどのようにして行なわれてきたのかをこの論文を通して考察したいと思う。
スポーツ種目としては、男女共に参加しているスポーツ、テレビや新聞などでも取り上げられ幅広く認知されているスポーツ、専門誌のあるスポーツという3つの選択基準から、ゴルフを取り上げて見ていくことにする。
また、メディアの中からは各メディアの特徴(以下に記載)から雑誌を選択した。
論文の構成は次の通りである。「第1章 スポーツとメディアとジェンダーの関係」においては、まずメディアの種類と特徴を概観し、中でもテレビと新聞の2大マスメディアがスポーツ全般に対してその発展や大衆化にどのような役割、影響を及ぼしてきたかをまとめた。更に、女性のスポーツ参加は、社会や文化の影響が大きいと一般的に考えられているが、歴史的にどのような展開があったのかを見た。「第2章 ゴルフというスポーツ」においては、まずゴルフの日本における大衆化と女性の参加の過程を述べ、サッカーやラグビーなどと異なるゴルフの特徴を、ゴルフテキストの中で描かれている内容をもとにまとめ、ゴルフが個人の人生観を形成していく一助になり得ることを述べている。「第3章 ゴルフ雑誌におけるジェンダー表現の分析」においては、ゴルフ雑誌の中でも創刊の最も早いゴルフ・ダイジェスト誌10冊を中心に、他に4誌の週刊・隔週発行誌を用いて、6つの分析の視点から実際に雑誌の中で女性がどのように描かれているかを調べた。そして、その結果とジェンダー形成の構造についての考察を「第4章 結果と考察」にまとめた。
第1章 スポーツとメディアとジェンダーの関係
(1)メディアの種類と特徴
メディアは映像と活字の2種類に大きく分けられる。映像メディアにはテレビの他にラジオも入る。活字メディアは新聞と雑誌である。
メディアの特徴は@幅広い告知力 A理解促進・説得性 Bクラスメディア性 Cイメージ性 D生活体感/共感性にまとめられるが、雑誌は、その分野に興味を持つ人々が購入するという点で典型的なクラスメディアであるが、読者は自身のライフスタイルなど生活空間との関連性からイメージや理解を得やすい。また新聞と同様に保存、反復認知が可能なメディアであり、他の3種のメディアと較べると、@幅広い告知力には欠けるものの、他のA〜Dの4つの側面では平均的に高い機能・特徴を有していると言える。特にD生活体感/共感性があり、保存・反復認知可能なメディアという性質は人々の感覚に深く訴えるものがあり、雑誌はそれだけ質的な影響を与える可能性が高いと言える。私が本研究でスポーツメディアの中でも雑誌を選んだ理由はここにある。
(2)スポーツ全般におけるメディアの役割、影響
テレビは、迫力のある映像に音響効果やアナウンス効果を加えることによりスポーツの興奮を増幅して伝え、そのことが、視聴者とテレビをより近づける役割を果たしたと言える。また、視聴者に「見るスポーツ」だけでなく「するスポーツ」(レジャースポーツ)として楽しむことを促したテレビの影響は大きく、それは同時にスポーツビジネスを発達させることにもなった。
一方新聞は、より詳しい内容を知りたいとか、スポーツの中に勝敗や成功への興奮以外に何か感動出来るもの=ドラマを求める人々の欲求により良く応えてきた。
今日では映像媒体と活字媒体の全てのメディアが一体となって系列関係ができあがり、そこに広告代理店がのっかるというメディアミックスの体制が確立している。この体制のもとでスポーツを大衆にアピールしていることを考えると、今日「スポーツ」といえばスポーツ種目単独では存在せず、必ずそれを伝える「メディア」が並走していると言える。そこで、スポーツとジェンダーを考える際には、スポーツメディアとジェンダーを考えることが重要になってくるのである。
(3)スポーツと女性参加
女性がスポーツに参加することが顕著になったのは、せいぜい20世紀後半である。それまでスポーツは男性のものとして、女性はその世界からは排除されるのが一般的だった。このような女性のスポーツへの参加制限を差別と呼ぶならば、性差別が、例えば人種差別などと異なるのは、差別される側がそれを当然のこととして受容する傾向のあること。そして、差別する側も自分たちの権利を守ろうという発想から生じたのではないことである。
一方、スポーツ参加においては「競争の機会」と「条件」の2つ平等が考えられるが、女性のスポーツ参加は「条件の平等」とより密接に関連している。その実現により伝統的な女性観は変化し、女性の身体と同時に精神も解放された。
しかし、フェミニズムの世界における「女性性」の評価の二極化は、一方で女性の可能性を拓き、同時に産業社会の発展も促してきたが、もう一方では、競争の世界では女性は男性には勝てないということをいやという程自覚させてもいる。その結果、レジャーとして楽しむこと以上のスポーツ競技への参加は、スポーツ選手としてのアイデンティティと女性としてのアイデンティティとの葛藤を生みだしているのである。
第2章 ゴルフというスポーツ
(1)ゴルフの大衆化と女性の参加
戦前活躍した男性ゴルファーの出身を見るといずれも、財閥、貿易関係、旧○○藩主・郷士の子孫などと社会的地位の高い人々である。
一方女性に目を向けると、公式競技が設立され女性ゴルファーが注目されるようになったのは戦後のことである。それには、戦後の民主化や高度経済成長に加え、マスメディアの発達の影響が大きいと考えられる。
戦後のゴルフの大衆化の過程はゴルフ場の利用者数の総数の面から見て、「第1次ゴルフ・ブーム 1958−1962」「第2次ゴルフ・ブーム 1971−1974」「第3次ゴルフ・ブーム 1986−1990」の3つの時期に区分される。
これらの中でも「第2次ゴルフブーム」の時期は、最も大衆化が進んだ時期であるが、その社会的要因は余暇活動が充実してきたことや私生活主義にあると考えられる。更に1985年以降は女性の社会進出が進み、女性の経済力や自己主張力が身についてきたことが、「第3次ゴルフブーム」と共に女性ゴルファーの急増を生み出す社会的基盤になったと考えられる。
(2)ゴルフテキストにみるゴルフの特質
ここでいうテキストとはゴルフ評論家やプレーヤーの著書であったりゴルフコースそのものであるが、そのゴルフについて書かれたものを見ると、材料はゴルフでありながら、それが人生や教訓に関する事柄に発展・転換していくことが多いことに気づく。その理由のひとつは、ゴルフテキストの境界の曖昧さである。つまり、ゴルフにはスポーツとしてだけでなく社交の場としての意味があるということである。ふたつめの理由はゴルフの比喩的な認識にある。ゴルフの移動という特質が、多くの人に"旅"を連想させ、「ゴルフ−旅−人生」という図式が成立するのである。そのため、ゴルフを行ないその結果やプレーの意味について考える時、人生や人生において比重の大きい仕事がオーバーラップすることになるのである。
つまり、ゴルフというスポーツは単純に勝ち負けだけを問題にするのではなく、個々人がどのようなゴルフテキスト=自身の人生観を作りだすかを問う、そういう性質を持っていると言えるのである。
第3章 ゴルフ雑誌におけるジェンダー表現の分析
(1)分析の視点
雑誌の内容を見る6つの視点は次の通りである。
a.雑誌全体の構成内容の特徴…女性の主体性を見る。
b.女性ゴルファーが担当・登場している記事…女性ゴルファーの描かれ方に男性にはない方法がとられていないか。男女差があるとすると、どのような点においてかを見る。
c.見出しや文中のジェンダーバイアスな言語表現…どのようなメッセージを送っていると考えられるかを見ていく。また、それによって受手はどのように解釈し得るかも見ていく。
d.漫画のストーリー…ゴルフ漫画における男女の役割設定の有無や男女の位置づけと社会状況との関係を見る。
e.トーナメント結果などの記載順序…男女の序列化の実際を調べ、男性優位の構造の有無を見る。
f.GD誌の表紙の変遷…講読者に与えるイメージは男女で異なっているか。そうであればどのように違うのかを見ていく。
(2)各視点別の分析(割愛)
第4章 結果と考察
(1)各視点別分析の結果
a.については、女性を対象としたテーマが非常に少ないこと。女性が担当・登場するページは雑誌の後半部分に位置し、女性が登場している記事内容や広告ページを見ても女性の周辺化が見られること。また、メディアの送り手は男性主導であることがわかった。
b.については、〈記事内容〉において、女性の周辺化が見られる。〈写真の大きさ・割合〉では、女性のカットでは上半身や顔のアップが多く、特に、男女が共に登場するページでは男性より女性のカットが大きかったり、数が多い傾向にある。〈アングル〉の面では、女性は笑顔でカメラ目線のカットが多いこと。また、下方からのアングルの時は女性が露出の多いスタイルである。〈登場する女性の年齢層〉を見ると、女性の若さ=きれいさという価値観が内在している。
c.については、〈女性の有徴化〉〈排除〉〈非対称〉〈ステレオタイプ〉の全てのカテゴリーに該当する言語表現が見られた。他にも女性を性的な対象とした表現や女性の若さ(幼さ)に着目した表現があった。更に女性は頑張らなくて良いとか、年令や体重など身体に関する情報が重要視されることが隠れたメッセージとして読み取れる表現があった。
d.については、主人公は全てのストーリーで男性であることである。男性は女性より多い役柄が与えられており登場回数も多いこと。特徴的なのは、男性が直接的な技術指導で支援することが多いのに対して、女性は精神面の支援者として描かれており、役割遂行の方法が男女で異なって与えられていることがわかった。
e.については、多数の男女の名前が掲載されるトーナメント結果において序列化がされていることがわかった。
f.については、ファッションや表情の男女差により、女性の表紙からは楽しさや明るさ、華やかさが感じられ、男性の表紙からは真剣さやゴルファーとしての闘志、力強さが感じられるものになっていることがわかった。
(2)ジェンダー形成の構造についての考察
1970年代、日本では都市化に伴う核家族形成で、性役割分業が主流の時代だった。そのような時に、マスコミの影響のもと進んだ大衆化の過程で、日本人ゴルファーの間に、あるいはゴルフをしない人々の間にまで、女性ゴルファーの在り方・見方を形成し、ゴルフにおけるジェンダー化の構造が出来たと言える。つまり、女性ゴルファーは競技スポーツとしてのゴルフそのものよりも、かわいさや優雅さ、おしゃれなファッションと結びつく存在として定着し、スポーツとしてのゴルフにおいては男性優位の構造が出来たと考えられるのである。その後も社会状況と連動しながらゴルフの大衆化は進んだが、男女平等の幻想の上に、(1)で見た様々な方法で男女にゴルフに対する異なった意識が植えつけられてきたことで、男性優位の構造はほとんど変化を見せていないと言える。スポーツメディアの隠れたメッセージが何であるかを考えない限りは同じ状況は続いていくのである。
「ジェンダーの最後の砦」と言われるスポーツの構造を、私たちはもう一度見直さなければならないようである。そして、私たちはジェンダーに対する感受性を高めていくところから始めなければならないと考える。感受性の差が認識や意識形成の差になるからである。もちろんそれは、スポーツシーンにおいてだけではなく、日常の生活の中でも必要なことである。