女性の雇用労働における現状と労働環境
−女性が生き生きと働き続けるシステムのあり方のために−
目次
はじめに
第1章 女性労働者を取り巻く現状
1 女性労働者数の推移とその実状
2 多様化する女性労働のパターン
第2章 女性労働を支援する政策と制度
1 女性労働にかかわる法律の整備の変遷
2 ILOによるさまざまな取り組み
3 男女共同参画社会基本法
4 男女雇用機会均等法と改正男女雇用機会均等法
第3章 調査による現状の把握と考察
1 調査の概要
2 調査内容のまとめ
3 調査からの考察
第4章 日本企業における労働環境の問題点と今後の課題
1 男女労働者の家族的責任と性別役割分業の実態
2 男女間賃金格差と女性労働におけるパート労働の持つ意義
3 パートタイム労働における問題点と今後の課題
4 これからの女性労働の課題と展望
〜女性が生き生きと働き続けていくために〜
おわりに
はじめに
近年日本社会において,女性労働者を支援するための政策や企業内でのシステムづくりが進められている中で,現状としては,結婚や出産を機に女性労働者は労働市場から一旦離れ,その後,また労働市場へと復帰するというパターンが維持されている。
本研究における筆者の問題関心は,さまざまな女性支援の政策や法整備が,企業や女性労働者にどのような影響を与えているのか,また,女性労働者の継続就労を妨げる何らかの要因があるとすればそれはどこにあるのか,ということにある。
本研究では,このような問題意識の下,今現在働く女性の立場や意識のありのままの現状と,その中に潜在的にある問題点を明らかにしたいと思いこのテーマを設定した。
第1章 女性労働者を取り巻く現状
1 女性労働者数の推移とその実状
戦後,女性労働者は急激に増加した。高度経済成長を機に飛躍的に増加した女性労働者数は1984年に家事専業従事者を女性雇用者が上回るまでとなった。
現在,女性の年齢別の労働状況を見てみると,潜在的労働力に対し,20代前半をピークに下降をたどり,30代半ばあたりが最も落ち込み,その後30代後半から上昇するというM字型曲線を描いている。これは,女性が結婚・出産を機に仕事をいったんやめ,育児にかかる負担が一段落した中高年層の女性が労働市場に再び参入していることを端的に表している。
また,こうした女性のM字型の就労状況は諸外国においては台形に近づきつつあり,結婚や出産を経験しながら,女性がキャリアを中断することなく継続しているが,日本においては,依然としてM字型を描き,結婚・出産により女性が労働市場から引き上げるという就労パターンからなかなか脱却できていないということが指摘されている。
結婚・出産退職慣行について,筒井清子は,「労働省の調査によれば,結婚退職が『慣行としてある』はわずか2%に過ぎないが,『そうする人が多い』が8割にも達しており,慣行に近いといえるだろう。」と指摘している。
1985年の男女雇用機会均等法の施行,1992年の育児休業法の施行で,女性が働き続けていくための制度はある程度確立されたかのように見える。しかし,日本においては,M字型の就労パターンは未だに維持されている。つまり,日本の女性労働者が増加したといっても,それを支えているのは,20代前半の若年層と30代後半以降の中高年層の女性たちである。先進諸国の中で日本の女性の就労パターンがM字型から脱却できない理由には,制度面だけでは解決できない側面があると考えられる。
2 多様化する女性労働のパターン
日本のM字曲線の右側の山を形成している中高年層の労働者は,パートタイマーなどとして短時間の労働に従事しているものが多い。しかも,短時間雇用者は増加の一途をたどり,伸び率,増加人員ともに女子が男子のそれを上回っている。
ここでは,パートタイマーを,一般に勤務形態が常勤・臨時・日雇の如何に関わらず,1日・1週・1ヶ月当たりの労働時間がその事業所で働いている正社員より短い労働者という定義でパートタイム労働者を取り扱いたい。ただ,私たちが「パートタイマー」と聞いたときイメージするものは「中高年の主婦層」であるということと,ここで見逃してはならないことは,短時間労働者の多くは非正社員であるということである。
女性の非正社員の増加を支える論理は二つの側面が必要である。パートタイマーとして雇用することが企業側に有利であるという企業側の論理と,働く女性にとってパートタイム労働が好都合であるという労働者側の論理の側面である。
「平成11年版働く女性の実状」によれば,当面希望する就業形態としては,無業再就職希望者の30〜34歳では正社員希望とパート希望が拮抗しているが,35歳以上になるとパート希望が多くなる。子供のいる者では,パートが45.6%,正社員が22.3%とパート希望者が倍となっている。しかしながら,長期的にみて希望する就業形態としては,正社員志向が高い。
また,日本労働研究機構の調査では,「仕事を選ぶ場合,最も重視すること」(無業再就職希望者)についてどの年代でも共通して多くの人が選んでいることは「仕事内容」である。しかし30歳から34歳までの年代において最も多いのは「勤務時間帯の都合が良いこと」となっている。この年代では,子どもの年齢がまだ低く,育児にかかる負担が大きく,仕事に対しては,「仕事内容」よりも勤務時間と生活との兼ね合いの方が重要視されていることが窺える。
現在では,パートタイム労働者の就労形態も多様化しており,フルタイムの長期パート,フルタイムの短期パートなどさまざまな形態がある。また,パートタイム労働者以外にも派遣労働者が急増しており,これも常用型,登録型があり,その他にも契約社員など,正社員のコース別管理制度も含めると,女性の就労のあり方はますます多様化する傾向にあるといえる。
第2章 女性労働者を支援する政策と制度
1 女性労働にかかわる法律の整備の変遷
第1章で見てきたように,女性労働者は高度経済成長を境に飛躍的に増加した。
女性の地位向上の国際的な動きとしては,基本的人権,男女平等の保障を同盟各国に義務づけた国連憲章の後,1948年には人権及び基本的自由の具体的定義を明らかにするために,世界人権宣言が採択された。
しかし,依然として差別が存続していることを憂慮し,男女平等の原則の法律上及び事実上の普遍的承認を確保することが必要であるとの趣旨から,1967年には女子差別撤廃宣言が公布された。その後目的達成をより実効性のあるものにするために条約制定のための努力が重ねられ,1979年に女子差別撤廃条約が採択,1981年に発効した。日本では1980年に署名,1985年に批准している。
この女子差別撤廃条約では,第1に女子に対する差別を「性に基づく区別,排除または制限」と定義し(第1条),第2に男女の平等原則の「実際的な実現を法律によって確保」するとともに,女子に対するすべての「差別を禁止する立法措置」をとることを 締約国に義務付け(第2条),第3に男女の「事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置」,すなわちアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)などは差別にはあたらないとし(第4条),第4に男女の定型化された役割に基づく偏見,慣習,慣行を撤廃するため「社会的,文化的な行動様式を修正する」ことを締約国に求めている。この条約では伝統的な性別役割分業の変革を求める画期的なものということができる。
この間,1975年には第1回世界女性会議(メキシコ会議)が開催され,国連はこの年を「国際婦人年」とし,その後の10年間を「国連婦人の10年」とした。メキシコ会議では「平等・開発・平和」を目標とした「世界行動計画」がはじめて策定された。この行動計画が,女性問題の取組みについての新たなグローバルな軸になった。
日本は,コペンハーゲン会議で女子差別撤廃条約に署名し,批准のための条件整備として1984年に国籍法の改正,1985年にナイロビ会議直前に男女雇用機会均等法が成立し,同条約の批准にこぎつけた。
国連婦人の10年の最終年を迎え,第3回世界女性会議がナイロビで開催された。この会議では,この10年間の取り組みを西暦2000年まで継続することを決定するという目的を持っていた。採択された「ナイロビ将来戦略」は,10年間の行動計画の進捗状況を検証し,各国が国内の状況に応じてさらに効果的な措置をとることを求めているものである。この「ナイロビ将来戦略」は世界の国々に対する女性の地位向上のための「ガイドライン」であり,国連の加盟国はこれを受けて「国内行動計画」を策定し,実現のための努力をすることとなった。日本においては,1987年に「西暦2000年に向けての新国内行動計画−男女共同参画社会の形成を目指す−」を策定した。これにおいては「男女共同参画社会の形成を目指す」ことを総合目標とし,5つの基本目標と15の重点目標が掲げられた。
1990年「女性の地位向上のためのナイロビ将来戦略の実施に関する第1回見直しと評価に伴う勧告及び結論」が採択された。これを受け,日本においては新国内行動計画の第一次改定を1991年に行っている。この改定により「婦人」が「女性」に,「共同参加」が「共同参画」に改められ,政策体系の枠組みはそのまま引き継ぎつつ,取り組み姿勢の強化・積極化が打ち出された。
1995年には北京で第4回世界女性会議が開催され,「行動綱領」,「北京宣言」が採択された。「北京宣言」では「女性の権利は人権である」ことが明確に認識され,「ジェンダーの視点」と「エンパワーメント」の概念が確立された。これを受けて日本では1996年に男女共同参画2000年プランを策定した。このなかではじめて「男女共同参画社会」を「男女が,社会の対等な構成員として自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され,もって男女が均等に,政治的,経済的,社会的及び文化的利益を享受することができ,かつ,共に責任を担うべき社会」であると明確に定義された。この国内行動計画ではこのような社会の実現に向け平成12年までに実施すべき具体的施策として4つの基本目標と11の重点目標を掲げている。4つの大きな柱は @男女共同参画社会を推進する社会システムの構築,A職場・家庭・地域における男女共同参画の実現,B女性の人権が推進・擁護される社会の形成,C地域社会の「平等・開発・平和」への貢献となっている。女性労働に関しては,企業における男女格差是正のための積極的取り組み(ポジティブ・アクション)の奨励及び均等法の改正と労働基準法の女子保護規定の見直しが盛り込まれた。
これを受け1997年に男女雇用機会均等法が改正され,1999年4月1日から施行された。
2 ILOによるさまざまな取り組み
1919年国際労働機関(ILO)は国際連盟規約において述べているように,「男女のために公平で人道的な労働条件を確保するための国際機関」として設立された。
これまでに182の条約と190の勧告(2000年1月1日現在)を採択している。これらの条約・勧告は大別すれば,@女子労働者の保護に関するもの,A性による差別の禁止に関するもの,である。ここでは主要な条約について触れていきたいと思う。
○同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約
(ILO条約第100号)採択1951年6月29日,発効1953年5月23日,日本1968年8月24日発効
○母性保護に関する条約
(ILO条約第103号)採択1952年6月28日,発効1955年9月7日,日本未批准
○家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約
(ILO条約第156号)採択1981年6月23日,発効1983年8月11日,日本1996年6月9日発効
○夜業に関する条約
(ILO条約第171号)採択1990年6月26日,発効1995年1月4日,日本未批准
○パートタイム労働に関する条約
(ILO条約第175号)採択1994年6月24日,発効1998年2月28日,日本未批准
3 男女共同参画社会基本法(省略)
4 男女雇用機会均等法と改正男女雇用機会均等法(省略)
第3章 調査による現状の把握と考察
1 調査の概要
本研究の最大の問題関心とは,近年の女性労働をとりまく法整備を受け,実際に現在の女性労働者の状況に何らかの変化が起きているのか,またその変化はどのようなものなのかということである。そこでこの点について調査を行うことで明らかにしたいと考えた。
(1) 調査の対象
福島県内で就業している女性で,現在正社員として雇用されている者を対象とする。対象者は特定の資格などを要しない一般職として採用されている者であり,総合職・専門職は調査の対象外とする。また,中途退職を前提としない公務員や,自営,農林水産業も調査の対象から除外する。調査対象者の独身・既婚については制限しないこととするが,結婚や,育休といったことを中心にインタビューをするため,本人の問題関心への配慮から,年齢は25才以上に限定した。
(2) 調査の方法
合計で14人の対象女性にインタビュー調査を行った。調査期間は2001年7月から12月までの間である。
2 調査内容のまとめ
(1) 対象者の属性(略)
(2)インタビューの総括(項目のみ以下に列挙)
@ 「結婚出産退職慣行」について
A 産休・育休の取得状況について
B 産休・育休を取得しない(短縮する)理由について
C 昇進・昇任,男女の待遇差について
D 職場内におけるジェンダー問題について
E 結婚・出産後も今の仕事を続けたいと思うか
F 退職後のパートタイマーとしての再雇用を行っているか
G 会社の中で,女性に対して待遇が変わったと感じることについて
※プライバシーに関わる部分があるので、Web版ではこの部分の内容を割愛する。
3 調査からの考察
このインタビューに臨む前に,私は日本の企業には何らかの結婚・出産退職慣行を維持していくための力が内在しているのではないか,という仮定を持っていた。
しかし,実際私が話を聞いていく中で,そのような圧力を「あると思う」と答えた人はとても少なく,多くの女性達は,「続けようと思えば,会社はそれを無理に辞めさせることはできない。」と口々に話していた。しかし,そう答える人の会社でも「辞めなければならないわけではないが,辞める人が多い」と答え,しかも調査対象者のほとんどである独身者の多くは自分も近い将来「結婚か,出産したら辞めたいと思う」と話す。その理由は残業の多さ,仕事のきつさからくるもので,殆どの女性が「働き続けたいけれど,今の会社ではちょっと」という声を漏らしていた。
その背後にあるものはなんであろうか。会社で働き続けるための勤労意欲が低いわけではなく,彼女らが頭の中でイメージしているのは家事との両立のバランスではないかということが窺える。結婚や出産は,これにより多くの負担を女性に与えるということを意味するからである。
また,2−(2)−Bで見てきたように,入社してから女性労働者の中で形成される,将来の就労ビジョンがある。結婚後,子どもを産むと,先輩が当たり前のように権利を行使して,子どもが1歳になるまでの育休をとり復職する姿を見ているのと,結婚や出産を機に退職する姿を見ているのとでは,自分が結婚や出産の当事者になった時の考え方は大きく異なってくるだろう。結婚や出産でキャリアを中断することも日常的に見ていればその就労のあり方を受容してしまうだろうし,育休の取得が当たり前でないところでは,育休をとるに当たっての精神的な負担も大きい。育休を取得しないで,辞めていく先輩社員を見ていく中で,若い女性社員の将来の就労ビジョンは先輩のそれを超えてイメージされることはむしろ難しいといえるだろう。
今回は特定の資格や技術を持たずに「一般職」として入社した女性たちに調査を行ってきた。とることが認められるはずの育休を「とらない」またはその期間を短縮するなどの選択をする女性が多い。ここで,「育休をとる」ことに対してかかっている圧力は,会社側からというよりもむしろ,同じ職場で働く同僚に対しての遠慮や配慮からである。特別な資格などを持たずに働く一般職の女性たちは,自分たちの仕事を「誰にでもできるものではない」という一定の自信とプライドを持って見ているが,休んで周囲や会社に迷惑をかけるのならば身を引く,つまり自分自身を「代えのきく存在」として見ているということができる。この視点はどこからきているのか,私はこれはもしかしたら会社の視点そのものではないだろうか,という疑念をぬぐい去ることができない。そしてこのことこそが,企業の中におけるジェンダー問題の根幹を成しているといえるのではないか。
まず,女性に対しては驚くほど会社の評価は低い。それは,社内における女性の管理職登用の状況に顕著に表れていると言えるだろう。ある一定の格付けや,昇任など女性 がキャリアを形成していくパターンモデルが調査対象の企業には極端に乏しい。インタビューの中で,女性管理職の有無を尋ねたが,「(東京の)本社にはいると聞いたことがある」と答えた人が多かった。今回の調査対象である福島県という地方の企業においては,東京など大都市に比べて,女性の管理職を目にする機会すらないということがわかる。このことは,女性も仕事の中でキャリアアップしていけるのだというイメージを男性社員,女性社員の双方が持ちにくい。つまり,こうした職場環境にあっては,女性が責任ある会社のポジションを獲得することが困難になっているのである。その上男性社員と同じステージに上がるごく少ない女性は少数派であるがためにたいへん厳しい状況におかれる。損害保険会社勤務のある女性は、「やっぱり,女性が男性と同じ職種につこうと思えば,体力的に劣っていては認められないし,むしろ女性だからということでばかにされたりする。まだまだ代理店の方も男性が多く,女性で営業というと不利な面も多い。」と総合職に就いた女性社員が辞めていってしまう理由を説明した。
昇進するにあたっても,上司の推薦のみで決まる会社では,女性は評価が低いので推薦されるわけもない。試験を受けて昇進する会社でもこうした男性からの厳しい評価に立たされる。また「男なみ」の激務に耐えなければならないであろうことを認識してしまった女性は,上位職種への希望を抱くはずもない。
そうした中で,女性労働者は楽をして,要領よくやってきているのかといえば,決してそうではない。一般職の女性たちは,自分の業務で手一杯のところなのに,それ以上の業務まで引き受けざるを得ない状況にあることは先の調査のまとめで述べたとおりである。残業も多く,仕事がきつい。それなのに,女性社員に対する評価は低いのである。
評価が低い故,責任ある業務もまかされない。先ほどとは別の損保勤務の女性は「何年やっても何にも変わらない,同じ仕事で誰がやっても変わらないって感じだから,やりがいみたいなのは感じられない。」としながら,「会社は頭数がいればなんとかなるって考えていると思う。」と話す。それぞれの仕事に「やりがい」を見いだせない,これは女性労働者の継続就労に大変大きな影響を与えるだろう。女性労働者の仕事に見合った評価と,責任ある仕事が任されないことは,日々彼女たちの「やる気」を剥奪するシステムに他ならないのではないか,と今回の調査を通して強く感じた。
今回の調査により,企業が女性労働者の継続就労に対して何らかの圧力を与えているのではないか,という当初の仮説については次のようにまとめることができる。現在では企業側は結婚や出産などを理由に女性社員に退職を促したりするようなことは少ない。むしろ男女雇用機会均等法の改正などの法整備のバックアップもあり,産休や育休など女性の継続就労のための制度は社内に確立されているところが殆どである。企業の中には女性労働者を積極的に「押し出す」力は存在していないといえるだろう。しかし,女性労働者が取れるはずの産休や育休をとらずに仕事を辞めていく就労状況には,法改正の後もそれほど大きな変化があったということはできない。その理由として,会社からの女性労働者に対する評価が極端に低く,女性労働者は日々「やる気」を奪われる構造の中におかれているということがあげられる。つまり,責任ある仕事や権限を与えられず,格付けや給与面での評価も低いという,仕事のおもしろさややりがいを感じられない会社のシステムは,彼女らを会社から「押し出し」はしないものの,会社に「引き留める」力もまた極端に弱い。その上,会社が整備した産休や育休といった継続就労のための制度は,休んだ時の代替要員が入らないなど制度をサポートする環境が十分に整備されているとはいえない現状がある。その結果,休みを取ることは,職場の同僚への直接的なしわ寄せとなるため,産休や育休をとって仕事を継続していくことに対して消極的にならざるを得ない側面を持っている。
それと同時に,女性労働者は結婚,出産の後,家庭内における家事や育児による大きな負担を担わなければならない。会社に出かける前,そして帰った後も大きな負担が彼女らを待ち受けることとなり,会社での長時間の残業に従事した後ではとうていこなすことができないであろうことを予想させるものとなる。この家事・育児の負担は女性労働者を会社から「引き離す」作用があるといえる。
第4章 日本企業における労働環境の問題点と今後の課題
1 男女労働者の家庭的責任と性別役割分業の実態
では,実際,どのくらいの家事労働を夫婦は分け合って協力しているのだろうか。総務庁の「社会生活基本調査(1996年)」によると共働き世帯の場合,家事に従事する時間は,妻が4時間33分と,雇用の場における就労時間とほぼ同じであるのに対し,夫はわずか20分である。しかも,1日の総労働時間にすると,妻が夫よりも1時間以上多く働いている。この調査よりも6年前の「国民生活調査」(NHK,1990年)によれば,有職者の生活時間を見てみると,有職女性は平日で3時間24分,休日では4時間24分を家事労働に費やしているが,それに対し,有職男性は平日で25分,休日でも1時間16分しか家事をしていない。調査時期及び調査対象が異なっていても,出された結果にはほとんど差がない。この結果からはフルタイムで働く女性労働者の場合では,1日の総労働時間(仕事および家事に費やされる合計の時間)がさらに増大することが容易に想像できる。
これを,別のデータで諸外国と比較してみると,日本の男性は他の国の男性よりも職業労働に従事する時間が週で10時間以上も多い。しかし,家事労働を見ると米国,フランス,英国のいずれの国よりも10時間以上少ない。トータルで見ると,米国,フランスとほぼ同程度の労働時間になる。一方,女性の場合,これはフルタイムの労働者の場合の調査であるため,職業労働に従事する時間は日本の女性は他の国よりも7〜11時間も多い。その上,家事労働も26.7時間で,この4か国の中では2番目に 多い。トータルでは74.4時間で,他の国よりも6時間以上多い。最も少ない英国とは15.4時間の開きがある。また,男女の差で見ると,英国は職業労働で女性が男性よりも 2時間程度少なく,家事労働では6時間近く多いのに対し,日本は職業労働で女性が男性より10時間少なく,家事労働は23時間近くも女性が多い。当然ながらこのデータでも,総労働時間は圧倒的に女性の方が長い。
女性はこのような夫の家事・育児への参加についてどのように感じているのだろうか。国立社会保障・人口問題研究所「第2回全国家庭動向調査結果の概要(2000年)」をみると,比較的妻の満足度が高いのは20代の妻,専業主婦,親と別居,夫の帰宅時間が20時前という層である。逆に不満が高いのは,40代の妻,パート,妻の親と同居,夫の帰宅時間が22時以降となっている。総数では,夫の家事・育児に対し不満を持っていない女性(「非常に満足」と「まあまあ満足」)は51.7%で不満を持つと答えた人を僅かに上回っている。しかし,これは実際の家事協力の度合いの他に夫の家事協力への期待度に差違があるため,この数値がそのまま,夫が家事・育児に協力している数値と読みとることはできないだろう。その証拠に専業主婦の夫の家事・育児への協力は,妻が就業している場合に比べて多いとは考えられないが,妻の不満度は低い。これは家事・育児は専業主婦である妻の仕事として受容しているからと見ることができる。
家事労働の負担の多くを女性が負担している現状の中で,仕事と家事とを合わせた総労働時間は圧倒的に女性が男性のそれを上回っており,それが評価されることなく無償で行われている。女性はその無償である家事労働の負担を夫婦間の分業という方法によって減らすのではなく,むしろ会社での労働時間を減らす傾向にある。女性がライフスタイルの選択にあたり,継続就労を断念していくためには,会社に留まることの方が,女性にとって必ずしも有利とはいえない状況にあるといえるからではないか。
2 男女賃金格差と女性労働におけるパート労働の持つ意義
第3章では会社における女性労働者に対する評価の低さが,女性労働者の「やる気」を剥奪する構造をつくりだしていることについてふれた。
「平成11年版働く女性の実状」では「就業継続をするか 否かの大きな要因は,大学卒業時の働き方に対する志向,仕事のやりがいの有無,労働時間の長短や就業継続しやすい制度の有無等の労働条件,家族の協力の有無である。」としている。
小笠原祐子は『OLたちのレジスタンス』の中で自己管理権・自己決定権の領域において男性と女性の差を意識させられる,と指摘している。女性は仕事上での責任や決定権がないため,仕事に「やりがい」を感じることができなくなっていく。
しかもその上,彼女らは昇格,昇任なども男性社員のそれに比べ,ほとんどないことは前章で述べたとおりである。一般に,日本では男女間の賃金格差が大きい,ということが指摘されているが,一体どれぐらいの賃金格差があるのだろうか。所定内給与額の男女間格差は年々縮まってはいるものの,男性を100とした場合に,女性労働者は63.9にとどまっている。
また,諸外国と比較して見てみても日本と諸外国の間には大きな差があり,この状況に対し,ILOの専門委員会は,日本の女性の賃金は男性の60.5%という調査があると指摘し,1993年のILO総会で日本政府に調査・報告を要求した。しかしこれに対し,日本政府は年功序列賃金制度,熟練度などの要因があるため,多種にわたる職業で賃金の単純化比較するのは困難との報告を行った。
ここまで見てきたように,女性労働者は上位職種に格付けされることも殆どなく,しかも責任を伴わない補助的業務にしか従事させられていないということは,当然ながら日本政府が言うところの「熟練度」で評価されることは難しいだろう。いや,むしろはじめから評価の外におかれているということもできる。だから,出張や残業なども「女性には声がかからない」(第3章参照)。しかし,これほどの賃金格差を女性労働者がどう受けとめるのか,という点まで踏み込んで考えてみれば,「正社員」に魅力を感じるほどの賃金を彼女たちが手にしているとは到底考えられない。「やりがいのなさ」と「低い給料」,これならば「正社員」にこだわる理由はむしろないと言っても良いほどであり,第1章で触れたように女性労働者の多くは時間的にゆとりのあるパート労働へと視点を向けていくことだろう。労働省「パートタイム労働者総合実態調査(平成2年)」のデータを見てみると,パートタイム労働者として働くこととした理由で最も多いのは「自分の都合の良い時間に働きたい」であり,「正社員として働ける会社がない」などやむを得ない選択としてのパートではなく,積極的な理由によるパート選択ということができる。
このような視点で見ると,パート労働は女性労働者にとって必要な就業形態というべきである が,実際には,パート労働についてすでに多くの問題が指摘されている。次に,パート労働の問題点について触れ,今後の女性労働における課題と今後の展望について述べていきたい。
3 パート労働における問題点と今後の課題
第4章の2で日本における労働者の男女間賃金格差の大きさについて述べたが,パートタイム労働者の場合,一般女子正社員との間にも大きな賃金格差がある。
また,パートタイム労働者の勤務日数を減らし,社会保険加入費用を削減する企業もある。各種手当に関しては,9割の企業が通勤手当を支給しているが,その他の家族手当,住宅手当を支給している企業は数%にすぎない。
しかも,不況の影響で,特に製造業においてパートタイム労働者は真っ先に人員削減の対象になっていることも明らかになっており,雇用調整しやすい労働力とみなされている。
パートタイム労働法(1995年制定,施行)は,身分が不安定な短時間労働者について明確に定義し,適正な労働条件の確保,教育訓練の実施,福利厚生の充実,雇用管理の改善のための措置等について規定しているが,これらのすべてが努力義務規定となっている。労働基準法,最低賃金法,育児・介護休業法,労働安全衛生法等の労働に関する 法律はパートタイム労働者にもフルタイム労働者と同様に適用されることが述べられているが,現状ではパートタイム労働者が正社員と同じ勤務時間で同じ職務を担っても,処遇においてかなり差別的な取り扱いがなされているといえるだろう。
また,パートタイム労働における問題点としては,わが国の税制,社会保険制度と配偶者手当があげられる。具体的には,まず,所得税の配偶者控除対象となるための所得制限103万円の壁である。この所得制限が女性の意欲を阻害し,パート賃金を抑える働きがあると指摘されている。
ILO条約156号「家庭責任をもつ男女労働者の雇用機会と待遇の平等に関する条約」と165号勧告では,パートタイム労働が女性にとってのみならず,男性にとっても職業と家庭の調和をはかる働き方の一つとして位置づけられている。パートタイム労働のあり方自体を,男女労働者どちらにも多様な選択肢のひとつになりうるべき見直しが望まれるべきであろう。
「平成11年度国民生活白書」ではオランダにおける「1.5稼ぎ型モデル」を紹介している。1970年代末まで高かったオランダの失業率は賃金抑制,パートタイム労働者の増加などにより,現在では低水準となっている。オランダモデルによる雇用創出の最大の 特徴としては,パートタイム労働者の増加が挙げられる。OECDの"Employment Outlook 1999"によると,オランダのパートタイム労働者は,70年代末には全雇用者の16%程度だったが,98年には30%まで増加し,EU諸国中最も高い割合である。この背景には,上述の雇用政策に基づき,フルタイム労働者とパートタイム労働者の間に,最低賃金や休暇といった労働条件面,失業給付や障害給付,年金等の社会保障面で均等取扱いが保証されていることがある。
この結果,国民の生活と仕事に関する意識に影響があり,国民アンケートでは,「さらなる収入増」よりも「さらなる労働時間短縮」を望む声が多いという結果になった。これは仕事と家庭の両立を目指す私たちにはたいへん参考になる取り組みであるといえよう。 日本の場合,先にも述べたように,パートタイム労働者は,正社員とほぼ同様の勤務時間,勤務内容であってもその身分の保障や待遇は決して平等ではない。まず,身分や社会保障などが十分に整備され,賃金についても差別的な待遇を改善することではじめて「選択肢としての」パートタイム労働が成り立つということができるのではないかと考える。
4 これからの女性労働の課題と展望〜女性が生き生きと働き続けていくために〜
(1) 職場内環境の改革
@ 女性労働者に対する評価のあり方を変える
今後,これまでの企業の女性労働者に対する評価のあり方を変えていく必要があるだろう。この評価のあり方には二つの側面が求められる。それは女性労働者が「やりがい」を感じられるような,責任ある仕事を行うことができる権限の付与という意味での評価と,男女間賃金格差の解消をはじめとする給与や格付けなどの面での評価である。女性労働者に対する「評価」が,女性労働者が就業を中断したくない,と考えるような,会社側に女性労働者を「引き留める」要素を生み出すものといえるだろう。
企業の女性労働者に対する正当な評価が,女性労働者,特に資格や特別な技能を持たない一般職の女性たちにとって,労働者としての自信と継続就労の意欲を育てていくものとなるのではないだろうか。
A 育児休業等を取得しやすい職場環境をつくる
今回の調査でもわかるように,産休や育休などの制度はどの会社でもあるものの,実際の運用のレベルになると,それまでの前例や慣行が大きく作用していることが分かる。育休を取りやすい職場においては,「育休を取ることが当たり前」というある一定の権利意識が定着している。そうした権利意識の微弱な職場においては「取れないわけではない」育休を,それまでの前例や慣行を打ち破ってまで取るという選択は,ただでさえも会社からの評価が低い女性労働者にとってはあまりにも大きい負担であろう。
女性労働者が育休などを取得しやすくするために,育休取得の際,その人の担っていた仕事を周囲の負担とさせないよう,何らかの措置を講じなければならないだろう。望ましいことは,臨時雇用社員の拡充であるが,臨時雇用社員にも研修や教育を徹底することでより,休みを希望する女性労働者の行っていた仕事のレベルに近づけるような対応が望まれる。
また,1992年に育児休業法が施行され,男性も育児休業を取得することが可能になったが,現実問題として考えた場合,男性が育児休業を取るためには大きなハードルがある。それは男女間賃金格差である。育児休業を取得する間,休業者の給与は無給となるため夫婦間において,給与が高い者よりも低い者が育休を取った方が,当然ながら家計にとって有利なのである。
男女が社会の中で,等しく生き生きと働き続けていくためには,男性も女性と同じ働き方ができるだけではなく,同じ休み方をも選択できるということが必要になってくる。そのためには女性が男性と同じ仕事,同じ賃金を手にすることができるシステムを構築していかなければならない。
B 「男なみ」労働から「調和のとれた」労働へ
ここで,職場内環境のあり方をめぐって,見逃してはならないもう一つの大きな問題は「男なみ」の働き方の有りようである。女性が労働市場に参画していく場合,必ずといって議論されることは「女だからといって甘やかされない」「男と肩を並べる仕事」というような,男性労働者の側に女性の働き方を合わせるような視点である。男性は夜中まで働いたり,休日出勤をしたりと,厳しく過酷な労働環境におかれている。とても家庭内の家事労働や,育児・介護に参加できるような状況にないほど男性は会社での仕事に縛られているのである。
第2章で述べた改正均等法では,女性労働者に対する深夜業の規制撤廃など,あくまで「男なみ」に働くことを男女が均等であると位置づけたものである。それまでの女子保護規定はどのような目的のもとにあったのかと考えれば,次の3つの点にまとめられる。 a)妊娠・出産保護のため
b)健康の保護のため
c)家族的責任の保護のため
a)においては,均等法ですでに拡充の方向にあるわけであるが,b)およびc)については女性労働者のみならず,男性労働者にとっても必要な保護であろう。男性労働者に過労死など仕事上の健康問題が社会問題化している現在において,家庭と仕事の調和の取れた,人間らしい働き方を目指そうとするのであればむしろ,男性の働き方を女性労働者の側に近づけるような努力が必要であると考える。
(2) 性別役割分業の改革
女性労働者にとって継続就労を阻む大きな問題は,家事労働の負担(育児,介護を含む)である。家事労働と職場における仕事の両方をこなさなければならないから,どちらかをセーブする必要に迫られる。ここで多くの女性は,職場での仕事を減らす方向に動くであろう。
社会のジェンダーバイアスの中で,男性労働者,女性労働者のそれぞれが,「男として」「女として」望ましい就労ビジョンを形成しているため,仕事と家庭の両立が必要になった場合,女性は家庭の方に比重を置き,男性は仕事の方に比重を置くようになるのだと考える。また,働いている個々人,ここでは特に職場の上司などの意識にも相当なジェンダーバイアスがかかっているため,職場の中で,女性に期待する業務の内容と働き方は,男性に対するそれと大きく異なってくるという結果を生じさせる。女性労働者に対する期待度は,将来,家事・育児を担うであろうことから,極端に低い。職場の管理職は,女性労働者が結婚や出産で退職することは想定すれども,キャリアを志向することはまず想定しない。そうした職場の女性労働者に対する期待の低さ,求める仕事の内容,そして構成される雰囲気などから,女性労働者の意識はさらに「家庭」へと向けられていくことだろう。
性別役割分業については,長期にわたり蓄積されてきたものであるし,外部からの評価や圧力の影響もあって,夫婦間だけで改善するには限界があり,そう簡単に抜本的改革はできないだろう。しかし,この改革をなくしては,女性の継続就労,男女共同参画は本当の意味で達成することはできないのではないか,と考える。
(3) 制度運用のレベルでの改革−それぞれのジェンダー意識の改革−
本研究における筆者の問題関心は,国家や自治体でのレベルでの女性支援の政策の意図するものと,日々の私たちの生活のレベルとの間の実態との乖離であった。インタビューの中でも有休にせよ産休にせよ,取りやすいかどうかは「その時の上司次第」と話す人が少なくなかった。Iさん(金融サービス業)は「会社の福利厚生面なんかはきちんとしていると思うけど,それを使う,となると周りの人の理解があってこそ。会社の制度とその時の上司や同僚の考えみたいなのがぴったりしていれば,すごくいいけど,そこに多少ズレがあって,うまくいかない。」と言う。女性支援の政策は会社の制度を変えたとしても,その中で働く人の意識までは変えることができないのではないだろうか。
男女共同参画社会,ということが叫ばれる21世紀,法律や制度が整っても,個々人のジェンダーに対する意識が変わらなければ,職場の根本的な構造は変わらないといえるだろう。
おわりに
2001年11月には改正育児休業法が可決された。この改正法では小学校入学前の子供がけがをしたり病気にかかった場合,親が看護のための休暇を取れる「看護休暇制度」の採用を企業の努力義務としており,来年4月に施行される。
この改正育児休業法はこれまでの育児休業法よりもかなり前進した内容となっているが,それらはあくまで努力義務規定に留まってしまった。つまり努力するかどうかは,男女雇用機会均等法がそうであったように,個々の企業の主体性に委ねられているということになるのである。
それぞれの企業や労働者の意識が変わらなければ,制度の持つ意義は十分に生かされない。しかし,制度の改革がなされなければ,意識の改革を図るのはより困難なことであろう。第2章で見たように,これまでの日本における女性支援の制度づくりは,性別役割分業への問題意識が欠如しており,また制度の運用のレベルでは努力義務規定や違反に対する罰則規定なしなど,法制度の徹底が不十分な規定だったといえるだろう。今後,新たな法整備や法改正においては,いかにその法の持つ目的や主旨を生きたものにしていくか,運用の段階において,労働者や職場内の意識を変えていけるような実効性の高いものにしていく必要がある。
21世紀を真の意味で,男女が社会の中で生き生きと生きていくためには,家事・育児・介護,そして職場における労働が,男女に等しく道が開かれており,その機会を誰もが選択できるようにならなければならない。雇用の場で,そして家庭において,性の違いに縛られず,それぞれの個々人が自分にあったライフスタイルを選択していくことができる社会を構築していくことが本当の意味での「男女共同参画社会」の実現だと考える。