○学校とジェンダー・小レポート1 ---  学校内での性差について、前回のプリントでは、女子の方がよくあてられるとあった けど、私の学校では、先生が仲の良い男子にからかった感じであてるというのが多かっ たです。女子は特に、手をあげる人が少なかったので、手をあげた人にがんばったな、 というかんじであててました。授業中はおとなしくても、授業以外では女子の方が主導 権をにぎっていた様な気がします。制服や体育着も男女別で、特に印象的だったのは、 よく「なぜ男子だけ学帽・校章をつけなければならないのか」ということが生徒会なん かの議題にだされていたことです。部活については特に男子は入っちゃいけないとか女 子は入っちゃいけないというのはなかったけど、私は美術部だったんですが、ほとんど 全員女子で、入学当時、男子が1人だけいたけど、その場のふんいきにたえられないせ いか、やめてサッカー部に行った。だから、決まりはなかったけど、ふんいきが男女別 をつくってたのかなと思います。生徒会長は男子でした。副会長は男女1人ずつ。生徒 会長はのぞいて、その他の委員も学級委員も1人ずつだったので特に性差はなかったか なと思います。体育は男女別でした。水泳はいっしょの競技だったけど、その他はちが いました。男子はサッカー、バスケ、柔道など、女子はバレー、卓球、ダンス、器械体 操、など……です。話をきいててなるほどと思ったのは、男子の部に女子マネージャー はいるのに、女子の部に男子マネージャーがいないのはなぜだろうということです。い ろんな差はあったけど、最近は男女差がなくなってきてると思いました。 ---  今、思い返してみると、小学校〜中学校1、2年生の頃までは男子と対等に渡り合お う(?)としていたし、それが可能ではあった。特に小学校高学年の頃は毎日の様に男 子と殴り合いのケンカをし、暴れていた。幼稚園の時、あまりの暴れっぷりに親を学校 に呼ばれたこともある。中学の時は生徒会の役職に就くなどしてまだ頑張っていたが、 高校に行く頃にはすっかりおとなしくなってしまっていた。性格が変わったと言われれ ばそれまでだが、やはり潜在的、或いは顕在的な「男らしさ」「女らしさ」の枠にハ マってしまい、「女はかくあるべき」という漠然とした規準と、それに従う様にしむけ るさまざまな流れに乗ってしまっていたのではないかと思う。何だか悔しいことではあ る。  しかし、よくよく考えてみると、そんな小・中の頃からもジェンダーを押しつけられ ているとしか思えない状況は沢山あって、その時はそれに気付かなかっただけ、改めて 意識し直す、気に留めるということがなかっただけという話なのかもしれない。しかし それは、だから害のないものというわけでは決してなく、どんどん蓄積されてきたもの なのではないかとディスカッションに加わっていて思った。 --- ・体操服の話で、中学までは男女一緒に教室で着替えていたという人が多く、驚いた。 私の経験では、小学校高学年から別に(更衣室に女子が移ったり、時間をずらして着替 える)更衣していたので。さらに思うのは、女子が更衣室で男子がホームルームで着替 えていた点。逆だといけないのか? ・力仕事は男子がやるのが当然という指導をされていたように思う。(女子だと時間が かかるからか?)買い物袋を男性に持たせて、自分は手ぶらで歩く女性、という図(私 はあまり好きではない)に結びついてしまうが……。 ・女子大が共学になったら喫煙所が設けられたという新聞記事を見た。なぜわざわざ設 けたのか。なぜ女子大の頃からなかったのか。 ・防衛大学校に行った知人の話では、遅刻などの罰は男性がその場で腕立て伏せなどの 運動だが、女性は始末書らしい。女性でも腕立て伏せぐらいできると思う。 ・ルーズソックスはもともと男性のために作られたものらしいので、男性がはいても不 思議はないのでは、と思いますが。  文章にしなくてすみません……次回からは気を付けます。 ---  学校でのジェンダーの差別は、これまで意識していなかったので、あまり感じなかっ たけれど、あらためて考えるとけっこう差別だと思うことがあった。  中学校の時、技術・家庭科が男女両方学ぶ過渡期で、前期に女子、家庭科、男子、技 術科で、後期にはチェンジして学んだ。ちょうど技術科ではコンピューターについて学 ぶことになっていたはずなのだが、男子と女子では扱うレベルが異なっていた。男子 は、コンピューターを専門にしている男の先生からプログラミングぐらいまで学んだ。 一方女子は、キーボードの名前やペイントの仕方ぐらいまでを家庭科の女の先生から学 んだ。その時は、あれやっている事が違うと思ったけど、簡単だからいいやぐらいにし か思っていなかった。しかし、今思うと、明らかな差別である気がするし、男の子は数 学が得意、女の子とは苦手というイメージがあるのも関係しているのではないかと思 う。  高校の時、女の先生が、先生という仕事は、男と女という理由で給料が変わらないか ら一番平等と言っていた。しかし、学校の中の見えない、わたしたちの気付かない所に は、実際多くの差別が残されているのではないかと思う。 ---  教材においての男女差は、教材会社の陰謀なのではないかと思う。学ぶには、便利に 作られている教材だが、家であるもので教材をすませてもよいのに。他人と違う道具は とかく“いじめ”の対象になりやすい風潮は、ジェンダーと関連してなんとかならない ものか。そのようなところにまで、集団主義・画一化を押しはかろうとする。  又、先生の生徒に対する性差評価は、仕方ない事だとも思う。それに傷付く生徒も多 いので、「よく作用する場合に活用」してほしい。そんな場面があるのか不明ですが。  先生そのものに既に、すり込まれた差異が存在している。その中で暮らし、学び、生 活する生徒にこそ、このような教育(ジェンダー論)が早くから必要だと思う。  教科書検定に女性はいないのか? --- ・出席番号は決まって男子が先、女子が後、ということや、ランドセルの色の違い、体 操服のブルマと半ズボンなどという小学校・中学校生活の中での区別(区別されていた こと?)は、その時は何とも思っていなかった。「こういうものだ」という考えが頭に あったのだと思う。  でも、暗黙の了解で生徒会長が男子、副会長が女子、ということに関しては、当時か ら疑問を感じていた。  また、私は、一般的に「女性らしい」と言われているものが全般的に苦手なこともあ り、中学校時代に調理実習や裁ほうは女子の授業で、のこぎりなどを使って物を作った りする技術は男子の授業、とされていた時にはたいへん不満でした。実際女子より調理 実習の時に手際のよい男子はいたし、裁ほうの得意な男子もいた。私より棚や電気スタ ンドを不器用に作っていた男子もたくさんいた。  私はランドセルは赤を使っていたが、習字のセットは兄のおさがりで黒を使ってい た。←子供心に、区別される社会に少し抵抗してみたかったのかもしれない。  今になって思えば、出席番号が男子が先で女子が後というのも、長とつくものは男子 で副が女子という暗黙の了解も、女子(女性)にとっては屈辱的なことだ。  女子大はあるが男子大はない、と男女別学の話をした人がいたが、そういわれてみれ ばそうだと思った。高校までは男女別学が当たり前にあったが(だんだん少なくなって いるが)、大学になると男子のみの教育がなくなる……おかしな話だと思った。 ---  私の中学校の頃は、男女差別を感じさせるような教育を考えようという議論がなされ はじめた時期でした。そのため、私たちの頃になって、技術と家庭科に分かれていた科 目が技術家庭という科目に統合され、男女共に授業を受けるようになりました。しか し、その中でも、工作用の板が男子に対しては大きなもの、女子に対しては小さなもの が与えられました。私は、すごくそれに不満を感じていましたが、それを与えた先生の 方は何も感じていないようでした。また、その時期になって、福島の中学でも、男子は 坊主頭でなくてはならないという人権侵害にあたるような校則も問題になってきていま した。私たちの学校では話し合いのすえ、その校則はなくなりましたが、私の友達で もっと田舎に住んでいた人は、中学の校則で、同じく男子は坊主、女子は、おかっぱ頭 かおさげに限定されていたようです。私のいとこ(女子)が通っていたのは、東京の私 立の学校でしたが、そこの校長は古い人で、女子がポニーテールにしばるのは不良だと 言って、校則で禁止していたそうです。また、同時期、女性の政治家か誰かが、女子の ブルマ姿に対して議論していたことを思い出しました。 --- ・家庭科の時間 男子は技術家庭科で、女子は主に「女性は将来家事をする」というこ とを前提にしたようなエプロン作りや、料理などを中心の家庭科であった。高校の時 も、女子高に家庭科という科目は設けられていたが、男子高(途中で取り入れられたら しいが)にはみられない時期があった。 ・給食の配給をするのは、主に女子であった。 ・生徒会長は必ず男子であった。今まで私は女子が生徒会長になったのを見たことがな い。暗黙の内に生徒会長は男子、副会長は女子と決まっていたような気がする。 ・給食の際、男子の食事は多目に、女子の食事は少なめにと、これも暗黙の了解みたい なものがあった。 ・小学校の時、こてきパレードで、男子は主に重いもの(フラッグ)や大だいこなどで 女子はバトンや小だいこなど軽いものであった。 ---  学校生活のなかで、男子と女子との区別があるということで、みなさんの意見を聴い たわけだが、なるほどと思うことがたくさんあった。今まで区別されてるなどとあまり 感じなかった。唯一、トイレで女子は大きい方ができるからいいなと小学生のころ思っ たくらいだ。  教材のことでいうと、いわゆる筆記科目、英語や国語などの授業では区別されたとい う意見はほとんど出なかったが、体験というか、体を使う科目、体育、技術・家庭では 多かった。この違いはなんなのだろうか。技術の時間に男子に大きい板の教材を、女子 には小さいものをと分けられたという意見があったが、これは男子には大きいものを作 らせようとしたのか、はたまた、男子は雑で失敗したときのためか(ちょっと苦しい気 もする……)はわからないが、この目的が何であったか知りたい。体育では、高校のこ ろ、男子と女子は別々に行なわれていた。男子は格闘技など、女子は創作ダンスなどと 分けられていたのは、なぜか。(現在ではそのようなことはないと言われたが。)教科 のことだけで見ても、たくさんの区別がある。その他にも持ち物の色が別々とか、水着 の盗難は女子だけ(確かに男のはいらない気がする……)とかいろいろだ。  ではなぜ、私は気付かなかったのか。それは、別々が当たり前だと思いこんでいたか らである。小学校の入学式後に、教室へ行くと黒と赤のランドセルがあり、男の列、女 の列といった風景が目に入ってから、この思いこみが始まったと私は思っている。 ---  学校に関することと言えば進学の問題で、女はどうせ高校出ただけで充分だなどとい う風潮は過去にも強くあったと思う。また私は現に男は大学まで考えているけど女は別 に考えなくていいしと言っていた男の子(中学時代)のセリフを今でもよく覚えてい る。もう20年近くもたつのに……。私はその彼よりいい大学に行ってやるぞと内心思っ たこともまた覚えている。  出席簿等では常に男子が先で女子が後というのは、おかしいけれど、どちらかに分け ることは事務処理等では便利かもしれない。あまりにもそれには慣れきっているので、 どうすることがベストなのか思いつかない。  本来は学校はそういった性差別を極力排除すべきところであるべきなのに、教職員自 身がその意識がない。ハンカチを持っていなかった女子生徒に、女のくせにハンカチも もっていないとかいう発言や、職員室でのお茶くみ場(流し場)は女子職員が担当する のがあたりまえといった風潮も変だ。みんなが使っているところなのに。  また入学生が女子の方が多かったり、転入職員が女子が多かったりすると管理職が男 子がほしかったと嘆くのもその辺にあるのかもしれない。(女子はたよりない)卒業式 の介添えはきれいな女子職員でということでもめたこともある……。  しかしながら仕事上大がかりな骨の折れるものは男子職員に頼ればいいやなどという 都合のいい考え方が女子職員にあるのも確かだと思う。 ---  特に男女の差別を感じたのは、中学生だったと思う。その時は、それがあたりまえと いう意識だったので、疑問にすら感じていなかったが、今考えてみれば色々あったと思 う。  まず、体育は、男女別々で、男子は、赤白のボウシ、女子は赤白のハチマキだった。 掃除の時は男子がボウシで女子は三角巾だった。(←ナゼなのか?)  あと文化祭行事の一環であるクラス対抗合唱コンクールでは、指揮者は男子、伴奏の ピアノは女子という意識が強く、まれに男女が逆をやると有名人となった。  肩かけカバンだったんですけど、女子だけ赤いラインが入っていた(白地に)。男子 は白地に白のライン。  選択体育で、男子は柔道・サッカー・野球に対し、女子はバドミントン・卓球・創作 ダンスという限定があった。 ---  私が小学校の頃、まちがって男の子を、イスにぶつけてしまい、その子が頭をうって 泣いてしまうということがありました。その子は女の子に対して嫌がらせをしたり、い つも女の子を泣かせている男の子でした。その後、先生に「女の子なんだから、男の子 を泣かせるなんてだめですよ。」と言われました。そのときに、「じゃあ、男の子なら ば、女の子を泣かせていいのだろうか。」と心の中でおもいましたが、先生にはいえま せんでした。  女の子はじっとおとなしく、男の子は活発にするという男女の区別がはっきりと分け られていたのだとおもいます。泣かせたこと、つまり、わるいことをしたことに対し て、私があやまればいいのであって、「女の子だから……」という先生の当時のことば は不適切ではないかと、今になっておもいました。  2点目としては、給食のおかわりについてですが、女子はみんな、少なめによそって いたり、少し残したぐらいの方がかわいいという意識があって、大半の女子生徒はおか わりをしていませんでした。女子だって同じようにうごいてエネルギーを使っているの におかしいなとおもいましたが、みんなと同じことをしている方が安心だという考えが どこかにあって、デザート系以外はあまりおかわりしませんでした。 ---  私は、中学校時代に男女別出席番号から、男女混合出席番号に変わった経験がある。 これはジェンダーを意識しての配慮だったように思う。また、話し合いの中で出た男の 役職と女の役職という暗黙の了解があったのも実感してあり、私は特に、書記は“字が きれいな”のは女の子だから女の役職という話が面白いと思った。  話し合いに出す時間はなかったが、性教育を男女別にやることがほとんどだったこと はどうなのだろう。例えば、小学校高学年でやる「月経」についての性教育で、男子が 体育か何か他のことをやっているのに女子は性教育を受けているという時に、どうして も男性と女性の間に何か優劣感に似た感じがあったように思う。発達段階のこともある と思うが、どうなのだろうか。  先生になってみて(教育実習で)、男の先生(教生)は女子が、女の教生は男子の方 が話しやすいという話に教生同士でなった。その時、高校生位の女の子は年上の女の人 に対して対抗意識があるという話になったことは印象的であった。また、男子生徒は女 の先生を少しなめてかかる所はやはりあって、女の先生が高校(特に進学校)では少な いからなのだろうか。  ランドセルの色や道具箱の色などの違いは大きかったが、ピンク色のジャージを着る 男の子はいなかったし、女っぽい服と男っぽい服を小学校中学年位で身につけていたよ うに思う。学校ってすごい。 ---  自分の経験としては、まず目に見える男女差として、制服、運動着、髪型(中学の途 中まで男はぼうずだった)などが真っ先に考えついた。これらのものは男女差をはっき りと区別させ、認識させてしまい、男らしく、女らしくという方向に向かわせるのでは ないかと感じた。カリキュラム的には僕の年代から技術と家庭科を一緒にやるようにな ったが、家庭科は家庭科は男子も積極的にとりくんでいたような気がする。しかし、女 子の方は技術の工作などに苦手意識があったように感じる。体育は大体男女別な競技を やることが多く、このような背景から野球、サッカーなどのルールは男は大体知ってい るが、女は結構知らない人が多いなどというのにもつながっているのかもしれない。  目に見えない部分については、話し合いでおもしろいと思ったのが、「女子は給食で おかわりできなかった」というものである。この事例は「女らしく」というのを明確に あらわしているのではないだろうか。みんなの意見を聞いてみて、「女子」の意識とい うのはでしゃばらずひかえ目にというのが思った以上に強く働いていたと感じた。小、 中学校時代から男が先、男が上という風潮が気づかないうちにできていたのかもしれな いと思う。 --- ・中学校の時、自分が経験したこと:出席番号は男子が先でした。 ※他の人達が経験したこと。 ・生徒会長とか学級委員長は、暗黙了解で男子でした。 ・保健委員は女子でした。 ・体育の授業が男子と女子が別々でした。 (男子がサッカーで、女子がバレーボール) ※ジェンダーのとらえ方は時代によって感じ方がちがうし、個々人の問題はちがうとい うことが他の人達の話を聞いてわかりました。  いま、十代の少年犯罪が社会現象のように吹き出して、日本の安全神話が消えてしま いそうで考えさせられます。予備軍とも言われる中学生を持つ親として、とても空しい 気持ちです。ジェンダーのとらえ方も、今の時代にあった考え方に変えていく必要性を 感じています。日々の生活の中で子供達への影響は、大人がお手本になっている所も大 きいと思います。 ---  学校というものは人間が育ってきて初めて出会う「社会」だと思う。学校は勉強を教 えるためだけのものじゃなくて、人間を社会化させるのに必要な機関と言えなくもない (少なくとも現代では)。そこであらかじめジェンダーバイアスが内包されていたとし ても気づくのは極めて難しいのではないか。だからこそこの問題は根が深いのかもしれ ない。別に女子がブルマをはくのも、ランドセルの色が違うのも、「そういうものなん だ」としか思ってなかった。「だってみんなそうしてるもん」という答えの前では一切 の疑問は無効になってしまう。学校が「社会」であるが故のことである。「社会」のプ ロトタイプとしての役割を学校が担っている以上、本家の「社会」にジェンダーバイア スがあれば、学校も必然的にそうならざるを得ない。「社会化」とはそういう一面も確 かにはらんでいる。  大体男女差別があるったって、そこでの弱者は女とは限らない。僕は体育の持久走で 男が1500m、女が1000m走るというのがどうしても分からなかった。女の方が体力ない って言ったって、体力がないのに男だからって言う理由だけで1500m走らされるのはす ごく理不尽だと思った。まぁ、僕の体力がないのが悪いんでしょうが。  今では学校の中も僕がいた時と比べて改善は進んでいるらしい。でも上っ面だけ変え てもダメだと思う。学校を直すなら、本家の「社会」の方も直すべきだと思う。 ---  今までの学校生活で男女差別と考えることはなく生活を送っていたが、考えてみると いろいろ出てくるのにびっくりした。私が学校生活で差別ではないかと感じたのは、卒 業式のときの入場・退場が男が先で、名前の読みあげも男が先であったし、係を決める ときでも、保健委員は女に対し体育委員は男と、女らしいもの男らしいものに自然とわ けられていたように思う。  それから小学校へ入学したとき、男子は青い下じき、女子は赤い下じきをもらったこ とも覚えている。色で男女を決めてしまうことも多いと思う。そのように学校生活の中 で感じるのがやはり担任の先生が年輩であるほど男女差別が多いように感じる。  今は変わってきたがこてきパレードのバトンやポンポンはたなども女子がやってい て、男子はやっていなかった。楽器なども大だいこは男子と決められていたように思 う。 ---  教育の現場における男女の差別は、改めてこのように問題としてあげられるまでほと んど意識していなかったが、確かにいろいろな面において、そのようなものはあったと 思う。小学校のときからあまりにもあたりまえに、男はこうで女はこういうものなのだ と思わされてきたので、たとえば体操着が男が半ズボンなのに対して、女はブルマであ ることに、なんら疑問をもつこともなかった。それらは我々の男女における共通認識に もとづくものであったからであると思う。学級委員には多くが男がなり、女は補佐的な 役割をするという意見があったが、それは男は男らしくリーダーシップを発揮し、女は 女らしく男を陰からささえるものであるという、日本の古来よりの認識のためであると 思う。 ---  グループ内の事例より。(「…」以下は全て自分個人の考え) ・小学校の時に一人だけ黒いランドセルできていた女の子がいじめられた件  …ジェンダーというよりも、「一人だけ違う」ということで除かれようとされたので はないか。 ・男女のすわり方が違う件  …学校にのみ限定されるものではない。広く日本社会(日本だけではないかも知れな い)全体にかかっている社会的性差ではないか。(礼法として、茶道でもやはり男女の すわり方が違う。) ・制服の件(例えば、女子の服のヴァリエーションが多い、女子の服の方が高い、等)  …女子の服のヴァリエーションが多いのは、一つには、学校選びの時、女子に制服で 学校を選ぶ傾向が見られる点があるからではないか。もっとも、その思考そのものがジ ェンダーの産物かも知れないが。 --- ・中学校創立以来(とはいっても10年位)、はじめて生徒会長に女子が立候補した。彼 女はその前の年も生徒会役員をしており、特別問題はないように思われたが、信任率50 %を切り、彼女は信任されなかった。結局、彼女の他に立候補者は出ず、彼女は会長に なったのだが、最初の投票の時、周囲で聞かれたのは、「女子の生徒会長なんてかっこ わるい」「女子じゃだめだ」という声だった。(ちなみに、このことについては、一回 目の投票結果の時に、「女子だから会長はダメ、という意見があったようだが、それは おかしい」といういったようなことを、選挙担当の先生が校内放送で言った。) ・学習発表会などで、男の役を女子がやる。この逆のパターンは私はまだ見たことがな い。(男の役を女子がやるというのは、女子しかいないような演劇部などではけっこう 見られるが。)  小学校の学習発表会の配役決定は教師によることが多いように思う。その時の題材は 「アリババと40人の盗賊」で、侍女の役はそのまま女子がやった。(ただし、この時男 の役をやった子は、その時の担任(女)から気に入られていたため、そのこともあった かもしれない。) ・吹奏楽部に男子が入ってくると、その子は貴重な「低音パート」とされ、問答無用で チューバや弦バス、バリトンサックスなどにされることが多い。  また、雑誌などを読んでると、「女でドラムやってるのってかっこわるいですか?」 などという「悩み」が載ってたりする。 ---  中学校の時、体育の授業で、なぜか男子と女子に分かれていて、なおかつ3年間、女 子は女の先生、男子は男の先生だった。すごく不思議におもった。  きっと私の学校だけかもしれないけれど。  マラソン大会も、男子は女子の2倍近く走らされて大変だなあと思った。  学校の中で、「女子なんだから、そんな口のきき方するな。」とか「女らしくし ろ。」とか、日常的に言われていたような気がする。  男女の肉体的、精神的差は現実的にあるのは事実だけれど、それ以上に差ではなく差 別的なものが存在していた気がする。  中学校を卒業したあと、女子高、女子短大に進学したために、男女の差別的なものが 自分の中で、あんまり見えなくなってしまった。「女の子なんだから男の子よりも大事 にされて(楽して)あたり前。」のような気持が存在していた。  福島県で、共学化が進む中で、男女差がこれからどのように変化していくのか、注目 していきたい。  女子高の楽しさもあったけど、きっと共学になって、もっと楽しくなるんじゃないか と思う。  男子校は福島男子高校とかいう名前じゃないから名称変更がないかも知れないけど、 女子高は名前がかわっちゃって悲しいかもしれない。 ---  女性に対する差別が強調されがちだけれど、男性に対する差別も多かったと思う。男 子教員は今はないだろうが、昔は、よく男子生徒をなぐったものだ。坊主頭も、男子生 徒だけだった。また、罰として校庭を走らされたのも、男子が多かったと思う。男性と 女性の差別の間には、相関関係があると思うので、注意が必要だと思う。 ---  小学校高学年になると、担任の教師から「男らしさ」「女らしさ」を強調されるよう になった。「女らしい」は言葉づかいなどの他に、さりげない心配りとか、ひかえめで あること、などであったように思う。  私が中学生の頃はまだ、技術・家庭科や体育が男女別修だったので、名簿が男女別で あることには特に違和感はなかった。しかし、中学3年の時、選択科目を履修するとき に、技術に女子が集中し、くじ引きか何かで決めることになった。もちろん、男女バラ ンスよく履修することになっていたので、技術に選ばれなかった私は、「男子は普段、 技術の授業があるんだから、選択ぐらい女子をたくさん履修させてくれてもいいの に。」という不満を抱いたことを覚えている。  また、体育の時のブルマーには、ものすごい抵抗を感じていた。  小学校の頃から、一見男女平等に役割が与えられてきた。しかしそれは、男と女とい う違いを、あまりに意識しすぎるがため、「男女比、バランス」に重きをおくものだっ た。立候補や、推薦で学級委員長が決まると、「委員長が女子なら、副委員長は男子 で」ということを強くたたき込まれていたように思う。男子、女子が平等であるなら ば、男・男、女・女でもいっこうにかまわなかったのだなあと、今さらながらに痛感す る。  教え込まれた「男らしさ、女らしさ」は、自然にこういう仕事には男(女)の方が向 いている、という価値観を、私に植えつけてしまったなあと感じる。しかしながら、表 向きは男女平等は成立していたので、「女より男の方が上」という考えにはならなくて よかったと思う。 ---  私が1番最初に、男・女と意識したのは、小学校高学年から中学生になるくらいまで の頃だったと思います。  私は授業中によく発言をする方の生徒でした。小学校中学年の頃までは色々な人が手 を挙げ発言していました。が、学年が上がるにつれて手を挙げる人が減り、気がつく と、男の子2人と私の3人だけが常連になっていました。それに気づいた時に自分でも 「あれ?」と思いましたが、私が手を挙げられなくなったのは、友達から「男の子にま じってすごいよね。」と言われたからです。今考えれば、その友達は悪い意味で言った んではないのかな、と思います。しかし当時そう言われた私は、『男の子に勝つ様なこ とはしちゃいけない。他の女の子と違うことをしちゃいけない。』と感じた様に覚えて います。 ---  私は、高校が女子高だったので、小学校・中学校でジェンダーについて考えてみる と、授業に関しては、体育が別だったことぐらいです。あと、制服の違いや、出席番号 順などの意見が出されましたが、聞くまでは全く思いつかず、今までの学校生活の中で 自分が差別的行為について全然考えもしなかったと気付きました。ただ、出席番号順で 男子が必ず先というのは問題なのかも知れませんが、男女を分けることで逆に都合のい いこともあると思うので、そんなに悪いことだとは思いません。  あと、委員会について気付いたのは、小学校・中学校を通して、放送委員を経験しま したが、その時、必ず女子がアナウンサーで、男子が機械操作担当でした。実際の職業 では男性のアナウンサーもたくさんいるのに、学校の委員会において、男子のアナウン サーが1人もいなかったというのは、不思議というか、問題なのかなと思いました。そ れから、中学校の中体連の壮行会の時、男女ともにある部活(バレーボールやテニス、 卓球など)は必ず男子が先に選手紹介をしていて、また、応援団長も男子でした。 ※あまり、まとまりがなくて、すみません。 ---  最近は技術・家庭などカリキュラムの上でも男女の区別がなくなるような工夫がされ ているが、授業のカリキュラムにのってこないもの、例えば男女の制服、運動着の違い や学校内での役割分担などは今だに男女の区別というか「男らしさ」「女らしさ」とい うあいまいな基準にしばられていたように思う。そしてそれをあまりおかしいと思わず あたり前のこととして過ごしてきた。  みんなでディスカッションしてみて「あーそういえばそうだなー」ということがたく さんあった。それだけジェンダーに気づかずに当たり前のことをしてきたのだというこ とに気づかされた。それと同時に、このように気づきにくいというところにジェンダー の問題の解決しにくさというものがあるのではないかと思った。 ---  今、思うと、発表ででてきた男と女の絵の具セットや習字セットの色の違いは納得が いかない。なぜ、自分で選ぶこともなく、男なら青や緑、女なら赤と決めつけられてい たのだろうか。小学校のころは、私はそれに対し反抗したり、疑問に思うこともなく、 そのまま受け入れていた。そうであるならば、男女の差というのは、学校教育のなかで つくられるものということになると思う。  教育者がもし、女の絵の具セットは赤、男は緑と決めつけずに選ばせていたら、女の 色は赤で、男の色は青であるといった固定観念はなくなるのではないか。  また、委員にしても、保健委員は女、補佐的な副学級委員は必ず女が就くことにして しまったら、そういった女は男よりも劣っている部分があると植えつけられてしまうお それがあるので、いけないと思う。 ---  私は25歳だが、私より下の年齢(20代前半)の人たちは、男子が家庭科の授業を受け ていたり、女子の生徒会長がいた学校生活を経験していることを聞けて、とても新鮮だ った。5年、生まれるのが早かっただけで、教育内容が違ったものになることに驚い た。私が中学生の頃は、ブルマでの体育授業を「いやだ」と感じながらも、当然と思い 疑うこともなかった。男女別の出席番号制も同じように疑問を持たなかった。高校の共 学化も始まったばかりで、女子校が多くあった。そのような環境の中で育った私は、こ の授業に出席するまで学校での男女差別化などという観念すら持ったことがなかった。 それに対して、20代前半の人々は、自分たちで、男女共に同じ仕事をするという環境 (制服や道具)や、同じ仕事ができるのだという考え方を経験する機会が多かった分だ け、平等意識が芽生えているのではないかと感じた。その上で、男女の差別化を意識す るのは、私に比べて簡単なのだと感じた。 ---  私がバイトで塾講師をした際、生徒に対しての指名の仕方で苦労した記憶がある。私 は席順の並びや名簿の並びを駆使して指名していたつもりであったが、何かの拍子で指 名の仕方に公平さを欠いたのだろうか、授業後、生徒からクレームがきた。女子の生徒 らであるのだが、彼女らからすれば私の仕方が「男子びいき」に映ったようだ。ちなみ に、私が担当したクラスは中学2年生であった。確かにこの時期は、男女間を意識し始 める頃でもある。  教師が男子生徒にばかり指名する理由は、私にとって何となくわかる。女子生徒に当 てようとするとクレームなどつけられ、教師自身面倒くさく感じ、それなら男子生徒を 当てて授業を進めた方が楽だと思えるからなのではと私は理由として推測する。 --- ・名簿の順番が、男子が先で女子があとだった。何でも順番があるものは、男子からは じまって次が女子という具合だった。 ・生徒会長や学級委員長は男子という暗黙の了解のうえで決められていたように思う。 一番目は男子でその補佐は女子というように。 ・体育の授業は男女別で種目別(中学校)。創作ダンスをやらなくてもいい男子はいい なあと思った記憶がある。 ・女の先生は成績の良い男子生徒をえこひいきするというイメージが強く残っている。 ・保健の先生や保健係は女子以外には考えられなかった。 ・技術・家庭は全く別々だった。 ・校長先生や教頭先生は男の先生以外に考えられなかった。  学校のような教育の場においても、子どもの頃から、区別されてくるのだから、男が 長で女は補佐役ということや、男と女は違うんだというようなイメージがだんだん植え つけられて、それが当然のことと受け入れられてくるのだと感じた。これからの時代は だんだん変わってきているのだと思うが、すっかりそれで育ってきた自分には、頭を切 り替えるのも、言われて成る程と思う位の認識しかもっていなかった。 ---  学校生活の中で“男子”と“女子”を区別していたと思われたことの1つに色分けが ある。ランドセル、絵の具セット、習字セット、道具箱は、色や柄において違いがあっ た。それぞれに指定していたわけではないと思うが、男子だから“コレ”、女子だから “コレ”というふうに無意識のうちに選択していたのではないか。しかし、現在ではラ ンドセル、習字セット、裁ほう道具セットにしても、何種類かの中から自分で選択でき るようになったようである。  今日の発表を聞いていると、性によって差があったのは、男は男らしく、女は女らし くと言う考えの表れだったのではないか、と思う。  おそろしいことに、その差を何の疑問をおぼえずに、慣習によるもの、当たり前のこ とのように思っていた。しかし、やはりこの考えは不適切ということで、出席番号を男 女混合にしている学校が多くなってきているという。 ---  学校生活の中で印象深いのは、特に小学校です。クラスで学級委員長、副委員長…… を決めるとき、何故か学級委員長は男、副委員長は女というパターンが出来あがってい たと思います。特にそう決められていたわけではないのですが、生徒の方でも無意識の うちに委員長に推薦するのは男、としていたように感じます。今、改めて考えてみる と、どういう教育をされてそうなったのかは思い出すことができません。知らず知らず のうちに、家庭で身についていったのか、出席番号は男子から……といったことが積み 重なっていったものなのでしょうか、恐いものだと思います。  一番恐いのは、それが無意識のうちに自分達の中に取り込まれ、何の疑問も感じない ことだと思います。 ---  男女の区別が普通であったため、あまり意識していないこともあり、私も含め、みん な代表的なものしか思いついてないと感じました。  私が一番に感じるものは持ちものです。ランドセルの色は現在多様化していますが、 やはり主流は男子=黒、女子=赤です。他の絵の具や書道のセット、水着の袋など、今 思うとなぜ分けているのか非常に不思議です。他に上履きの色も入るかなと思いまし た。  また黙示的カリキュラムとして教室内の掲示物があげられるかと思います。学期初め の目標を書く用紙は男女が異なったり、もしくは台紙の色が違っていると思います。 (特に低学年に多いと思います。)私の幼稚園では、個人個人で自分のシールを持って いたのですが、男子は青で、絵は飛行機とかでした。女子はピンクで、花とかかわいい 動物でした。  これらの区別化は、ジェンダーの他にも合理性、管理がやりやすいからかなと思いま した。(けれどランドセルの色ごときで変わるかとも思いますが。) ---  小学校から中学校にかけての持ちものの色分けが、男子は黒・紺・緑、女子はピンク や赤があったが、最近は黄色などの中間色を共通の持ち物としているのがあると思う→ 裁縫セット等  時代の流れで変化しているものが出されたが、スポーツ等に関しては最近では性差が なくなってきているのがわかった。  私は高校が女子校だったので(約38年前になるが)、フォークダンスやペアに組むも のがあったとき、背の高い方が男子役をし、女子役の女性は小さい人がなり、私の友達 は長身だったので、その当時は雰囲気的に「男っぽい」といわれ、いつも後輩等からあ こがれの的で、紙もショートカットにし、スポーティだったように思う。  今では、男性は筋肉質で強そうに見えるイメージではなくても全然問題ないが、男性 がモノ静かで女性的イメージといわれると男の子からいじめられて、女性からもからか われていた人がいたように覚えている。→中学校の共学の時  中学校の体育の時間に男子は帽子、女子がはちまきであったが、女子のはちまきのイ メージは長い髪をまとめるという感じがし、男子は丸刈りだったので帽子が良いという 見た目のちがいと思われる。男子が長髪になると考え方がちがうと思う。  時代と共に変化してきているのが見てとれる結果も出てきた。 ---  学校生活を振り返ってみるとたしかに様々な面において男と女に区別されていたんだ なあと思いました。そしてそのことは、いわれてみて気づくものでした。ということ は、実際学校にいた時は、何の違和感ももたなかったというところに、少し恐怖を感じ ます。例えば、小学校で机に自分の名前が貼ってありましたが、男は黒、女は赤という ような色の区別、ランドセルも同様でした。中学校では、男女の体育が別々になり、男 は屋外でのスポーツ、女は屋内のスポーツ、技術家庭では、不思議ながら男女一緒に同 じことをやっていました。工作では本棚作りも女はやっていたし、家庭科ではスパゲッ ティも男は作ったし、それと男女一緒に近くの保育所を訪問したこともありました。同 じく中学校では出席番号は、男子から1番でした。何の違和感も感じませんでした。高 校では、違和感を感じたのは出席番号が女からであったことでした。何で女からなのか と不思議にも思いましたが、それはそれで受け流していたと思います。また体育でも、 中学校の時と同じでした。  こうして考えてみると、学校で行なわれていたことは、私にとってすべて絶対的なも のであって、それに異を唱えることなど、絶対に思わなかったのです。そのくらい、私 たちの生活に密接していたということが、大変今思うとおどろくことでした。 ---  今回、学校におけるジェンダーのいろいろな例がだされたが、思っていたより多いと いうのが率直な感想だ。  自分が経験して、さらに性差を感じたケースの中で「ジェンダーによって男子(自 分)の方が不利益をうけた、不公平だ」と思ったことはあまりなかったと思う。女性の 方はその辺どう感じていたのだろうか。  私の時は技術・家庭は男女一緒だった。しかし、私が家庭科をやっていたことも、女 子が技術をやっていたことも、特別気にしたことはなかったし、違和感もなかった。